鱒がありますね。」
と心得たもので、
「照焼《てりやき》にして下さい。それから酒は罎詰《びんづめ》のがあったらもらいたい、なりたけいいのを。」
束髪《そくはつ》に結《ゆ》った、丸ぽちゃなのが、
「はいはい。」
と柔順《すなお》だっけ。
小用《こよう》をたして帰ると、もの陰から、目を円《まる》くして、一大事そうに、
「あの、旦那様。」
「何だい。」
「照焼にせいという、お誂《あつらえ》ですがなあ。」
「ああ。」
「川鱒《かわます》は、塩をつけて焼いた方がおいしいで、そうしては不可《いけ》ないですかな。」
「ああ、結構だよ。」
やがて、膳に、その塩焼と、別に誂えた玉子焼、青菜のひたし。椀がついて、蓋を取ると鯉汁《こいこく》である。ああ、昨日のだ。これはしかし、活きたのを料《りょう》られると困ると思って、わざと註文はしなかったものである。
口を溢《こぼ》れそうに、なみなみと二合のお銚子《ちょうし》。
いい心持《こころもち》の処《ところ》へ、またお銚子が出た。
喜多八《きたはち》の懐中、これにきたなくもうしろを見せて、
「こいつは余計だっけ。」
「でも、あの、四合罎《しごうびん
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