床も、承塵《なげし》も、柱は固《もと》より、彳《たたず》めるものの踏む処《ところ》は、黒漆《こくしつ》の落ちた黄金《きん》である。黄金《きん》の剥《は》げた黒漆とは思われないで、しかも些《さ》のけばけばしい感じが起らぬ。さながら、金粉の薄雲の中に立った趣《おもむき》がある。われら仙骨《せんこつ》を持たない身も、この雲はかつ踏んでも破れぬ。その雲を透《すか》して、四方に、七宝荘厳《しっぽうそうごん》の巻柱《まきばしら》に対するのである。美しき虹を、そのまま柱にして絵《えが》かれたる、十二光仏《じゅうにこうぶつ》の微妙なる種々相《しゅじゅそう》は、一つ一つ錦《にしき》の糸に白露《しらつゆ》を鏤《ちりば》めた如く、玲瓏《れいろう》として珠玉《しゅぎょく》の中にあらわれて、清く明《あきら》かに、しかも幽《かすか》なる幻である。その、十二光仏の周囲には、玉、螺鈿《らでん》を、星の流るるが如く輝かして、宝相華《ほうそうげ》、勝曼華《しょうまんげ》が透間《すきま》もなく咲きめぐっている。
 この柱が、須弥壇《しゅみだん》の四隅《しぐう》にある、まことに天上の柱である。須弥壇は四座《しざ》あって、壇上には弥陀《みだ》、観音《かんおん》、勢至《せいし》の三尊《さんぞん》、二天《にてん》、六地蔵《ろくじぞう》が安置され、壇の中は、真中に清衡《きよひら》、左に基衡《もとひら》、右に秀衡《ひでひら》の棺《かん》が納まり、ここに、各|一口《ひとふり》の剣《つるぎ》を抱《いだ》き、鎮守府将軍《ちんじゅふしょうぐん》の印《いん》を帯び、錦袍《きんぽう》に包まれた、三つの屍《しかばね》がまだそのままに横《よこた》わっているそうである。
 雛芥子《ひなげし》の紅《くれない》は、美人の屍より開いたと聞く。光堂は、ここに三個の英雄が結んだ金色《こんじき》の果《このみ》なのである。
 謹《つつし》んで、辞して、天界一叢《てんかいいっそう》の雲を下りた。
 階《きざはし》を下りざまに、見返ると、外囲《そとがこい》の天井裏に蜘蛛《くも》の巣がかかって、風に軽く吹かれながら、きらきらと輝くのを、不思議なる塵《ちり》よ、と見れば、一粒《いちりゅう》の金粉の落ちて輝くのであった。
 さて経蔵《きょうぞう》を見よ。また弥《いや》が上に可懐《なつかし》い。
 羽目《はめ》には、天女――迦陵頻伽《かりょうびんが》が髣
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