らしく、否《いな》、此は、人間の手を放れたもの、烏の嘴《くちばし》から受取つたのだから返されない。尤《もっと》も、烏にならば、何時《なんどき》なりとも返して上げよう――と然《そ》う申して笑ふんでございます。それでも、何《ど》うしても返しません。そして――確《たしか》に預《あずか》る、決して迂散《うさん》なものでない――と云つて、丁《ちゃん》と、衣兜《かくし》から名刺を出してくれました。奥様は、面白いね――とおつしやいました。それから日を極《き》めまして、同じ暮方《くれがた》の頃、其の男を木戸の外まで呼びましたのでございます。其の間《あいだ》に、此の、あの、烏の装束《しょうぞく》をお誂《あつら》へ遊ばしました。そして私《わたくし》がそれを着て出まして、指環を受取りますつもりなのでございましたが、なぶつて遣《や》らう、とおつしやつて、奥様が御自分に烏の装束をおめし遊ばして、塀の外へ――でも、ひよつと、野原に遊んで居る小児《こども》などが怪しい姿を見て、騒いで悪いと云ふお心付《こころづ》きから、四阿《あずまや》へお呼び入れに成りました。
紳士 奴は、あの木戸から入つたな。あの、木戸から。
侍
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