わざ》と安心して大胆な不埒《ふらち》を働く。うむ、耳を蔽《おお》うて鐸《すず》を盗むと云ふのぢや。いづれ音の立ち、声の響くのは覚悟ぢやらう。何も彼《か》も隠さずに言つて了《しま》へ。何時《いつ》の事か。一体、何時頃《いつごろ》の事か。これ。
侍女 何時頃《いつごろ》とおつしやつて、あの、影法師の事でございませうか。其は唯今《ただいま》……
紳士 黙れ。影法師か何《なに》か知らんが、汝等《きさまら》三人の黒い心が、形にあらはれて、俺の邸《やしき》の内外を横行しはじめた時だ。
侍女 御免遊ばして、御前様《ごぜんさま》、私《わたくし》は何にも存じません。
紳士 用意は出来とる。女郎《めろう》、俺の衣兜《かくし》には短銃《ピストル》があるぞ。
侍女 えゝ。
紳士 さあ、言へ。
侍女 御前様、お許し下さいまし。春の、暮方《くれがた》の事でございます。美しい虹《にじ》が立ちまして、盛りの藤《ふじ》の花と、つゝじと一所《いっしょ》に、お庭の池に影の映りましたのが、薄紫《うすむらさき》の頭《かしら》で、胸に炎の搦《から》みました、真紅《しんく》なつゝじの羽《はね》の交《まじ》つた、其の虹の尾を曳《ひ》
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