地に踞《うずくま》りたる画工、此の時、中腰に身を起して、半身を左右に振つて踊る真似す。
続いて、初《はじめ》の黒きものと同じ姿したる三個、人の形の烏《からす》。樹蔭《こかげ》より顕《あらわ》れ、同じく小児等《こどもら》の間《あいだ》に交《まじ》つて、画工の周囲を繞《めぐ》る。
小児等《こどもら》は絶えず唄ふ。いづれも其の怪《あやし》き物の姿を見ざる趣《おもむき》なり。あとの三|羽《ば》の烏|出《い》でて輪に加はる頃より、画工全く立上《たちあが》り、我を忘れたる状《さま》して踊り出《いだ》す。初手《しょて》の烏もともに、就中《なかんずく》、後《あと》なる三羽の烏は、足も地に着かざるまで跳梁《ちょうりょう》す。
彼等の踊狂《おどりくる》ふ時、小児等《こどもら》は唄を留《とど》む。
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一同 (手に手に石を二《ふた》ツ取り、カチ/\と打鳴《うちな》らして)魔が来た、でん/\。影がさいた、もんもん。(四五|度《たび》口々に寂《さみ》しく囃《はや》す)真個《ほんと》に来た。そりや来た。
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小児《こども》のうちに一人《いちにん》、誰《たれ》とも知らず恁《か》く叫ぶとともに、ばら/\と、左右に分れて逃げ入る。
木《こ》の葉《は》落つ。
木の葉落つる中に、一人《いちにん》の画工と四個の黒き姿と頻《しきり》に踊る。画工は靴を穿《は》いたり。後《あと》の三羽の烏皆|爪尖《つまさき》まで黒し。初《はじめ》の烏ひとり、裾《すそ》をこぼるゝ褄《つま》紅《くれない》に、足白し。
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画工 (疲果《つかれは》てたる状《さま》、※[#「てへん+堂」、第4水準2−13−41]《どう》と仰様《のけざま》に倒る)水だ、水をくれい。
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いづれも踊り留《や》む。後の烏三羽、身を開《ひら》いて一方に翼を交《か》はしたる如く、腕を組合《くみあわ》せつゝ立ちて視《なが》む。
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初の烏 (うら若き女の声にて)寝たよ。まあ……だらしのない事。人間、恁《こ》うは成りたくないものだわね。――其のうちに目が覚めたら行《ゆ》くだらう――別にお座敷の邪魔《じゃま》にも成るまいから。……どれ、(樹の蔭に一《ひと》むら生茂《おいしげ》りたる薄《すすき》の中より、組立《くみた》てに交叉《こうさ》したる三脚の竹を取出《とりいだ》して据《す》ゑ、次に、其上《そのうえ》に円《まる》き板を置き、卓子《テエブル》の如くす。)
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後の烏、此の時、三羽《みっつ》とも無言にて近づき、手伝ふ状《さま》にて、二脚のズツク製、おなじ組立ての床几《しょうぎ》を卓子《テエブル》の差向《さしむか》ひに置く。
初《はじめ》の烏、又、旅行用手提げの中より、葡萄酒《ぶどうしゅ》の瓶《びん》を取出《とりい》だし卓子《テエブル》の上に置く。後の烏|等《ら》、青き酒、赤き酒の瓶、続いてコツプを取出《とりい》だして並べ揃《そろ》ふ。
やがて、初の烏、一|挺《ちょう》の蝋燭《ろうそく》を取つて、此に火を点ず。
舞台|明《あかる》くなる。
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初の烏 (思ひ着きたる体《てい》にて、一《ひと》ツの瓶の酒を玉盞《ぎょくさん》に酌《つ》ぎ、燭《しょく》に翳《かざ》す。)おゝ、綺麗《きれい》だ。燭《あかり》が映つて、透徹《すきとお》つて、いつかの、あの時、夕日の色に輝いて、丁《ちょう》ど東の空に立つた虹《にじ》の、其の虹の目のやうだと云つて、薄雲《うすぐも》に翳《かざ》して御覧なすつた、奥様の白い手の細い指には重さうな、指環の球《たま》に似てること。
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三|羽《ば》の烏、打傾《うちかたむ》いて聞きつゝあり。
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あゝ、玉《たま》が溶けたと思ふ酒を飲んだら、どんな味がするだらうねえ。(烏の頭《かしら》を頂きたる、咽喉《のど》の黒き布《ぬの》をあけて、少《わか》き女の面《おもて》を顕《あらわ》し、酒を飲まんとして猶予《ためら》ふ)あれ、こゝは私には口だけれど、烏にすると丁《ちょう》ど咽喉だ。可厭《いや》だよ。咽喉だと血が流れるやうでねえ。こんな事をして居るんだから、気に成る。よさう。まあ、独言《ひとりごと》を云つて、誰かと話をして居るやうだよ……
(四辺《あたり》を※[#「目+句」、第4水準2−81−91]《みまわ》す)然《そ》う/\、思つた同士、人前で内証《ないしょう》で心を通《かよ》はす時は、一《ひと》ツに向つた卓子《テエブル》が、人知れず、脚《あし》を上げたり下げた
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