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小児三 何だか知らないけれどね、今、向うから来る兄さんに、糸目をつけて手繰《たぐ》つて居たんだぜ。
画工 何だ、糸を着けて……手繰つたか。いや、怒りやしない。何の真似だい。
小児一 兄さんがね、然《そ》うやつてね、ぶら/\来た処《ところ》がね。
小児二 遠くから、まるで以て、凧《たこ》の形に見えたんだもの。
画工 はゝあ、凧か。(背負《しょ》つてる絵を見る)むゝ、其処《そこ》で、(仕形《しかた》しつゝ)と遣《や》つて面白がつて居たんだな。処《ところ》で、俺が恁《こ》う近く来たから、怒られやしないかと思つて、其の悪戯《いたずら》を止《や》めたんだ。だから、面白かつたと云ふのか。……かつたは寂《さみ》しい、つまらない。壮《さかん》に面白がれ、もつと面白がれ。さあ、糸を手繰《たぐ》れ、上げろ、引張れ。俺が、凧に成つて、上《あが》つて遣らう。上つて、高い空から、上野の展覧会を見て遣る。京、大阪を見よう。日本中《にっぽんじゅう》を、いや世界を見よう。……さあ、あの児《こ》来て煽《あお》れ、それ、お前は向うで上げるんだ。さあ、遣れ、遣れ。(笑ふ)はゝゝ、面白い。
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小児等《こどもら》しばらく逡巡《しゅんじゅん》す。画工の機嫌よげなるを見るより、一人は、画工の背《せなか》を抱《いだ》いて、凧を煽る真似す。一人は駈出《かけだ》して距離を取る。其の一人《いちにん》。
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小児三 やあ、大凧《おおだこ》だい、一人ぢや重い。
小児四 うん、手伝つて遣ら。(と独楽《こま》を懐《ふところ》にして、立並《たちなら》ぶ)――風吹け、や、吹け。山の風吹いて来い。――(同音に囃《はや》す。)
画工 (あふりたる児《こ》の手を離るゝと同時に、大手《おおで》を開《ひら》いて)恁《こ》う成りや凧絵だ、提灯屋《ちょうちんや》だ。そりや、しやくるぞ、水|汲《く》むぞ、べつかつこだ。
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小児等《こどもら》の糸を引いて駈《かけ》るがまゝに、ふら/\と舞台を飛廻《とびまわ》り、やがて、樹根《きのね》に※[#「てへん+堂」、第4水準2−13−41]《どう》と成りて、切なき呼吸《いき》つく。
暮色《ぼしょく》到る。
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小児三 凧は切れ了《ちゃ》つた。
小児一 暗く成つた。――丁《ちょう》ど可《い》い。
小児二 又、……あの事をしよう。
其の他 遣《や》らうよ、遣らうよ。――(一同、手はつながず、少しづゝ間《あいだ》をおき、くるりと輪に成りて唄《うた》ふ。)
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青山《あおやま》、葉山《はやま》、羽黒《はぐろ》の権現《ごんげん》さん
あとさき言はずに、中はくぼんだ、おかまの神《かみ》さん
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唄ひつゝ、廻りつゝ、繰返す。
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画工 (茫然《ぼうぜん》として黙想したるが、吐息《といき》して立つて此《これ》を視《なが》む。)おい、おい、其《それ》は何の唄だ。
小児一 あゝ、何の唄だか知らないけれどね、恁《こ》うやつて唄つて居ると、誰か一人|踊出《おどりだ》すんだよ。
画工 踊る? 誰が踊る。
小児二 誰が踊るつて、此《こ》のね、環《わ》の中へ入つて踞《しゃが》んでるものが踊るんだつて。
画工 誰も、入つては居《お》らんぢやないか。
小児三 でもね、気味が悪いんだもの。
画工 気味が悪いと?
小児四 あゝ、あの、其がね、踊らうと思つて踊るんぢやないんだよ。ひとりでにね、踊るの。踊るまいと思つても。だもの、気味が悪いんだ。
画工 遣《や》つて見よう、俺を入れろ。
一同 やあ、兄さん、入るかい。
画工 俺が入る、待て、(画《え》を取つて大樹《たいじゅ》の幹によせかく)さあ、可《い》いか。
小児三 目を塞《ふさ》いで居るんだぜ。
画工 可《よし》、此の世間《よのなか》を、酔《よ》つて踊りや本望《ほんもう》だ。
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青山、葉山、羽黒の権現さん
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小児等《こどもら》唄ひながら画工の身の周囲《まわり》を廻《めぐ》る。環《わ》の脈を打つて伸び且《か》つ縮むに連れて、画工、殆《ほと》んど、無意識なるが如く、片手又片足を異様に動かす。唄ふ声、愈々《いよいよ》冴《さ》えて、次第に暗く成る。
時に、樹《き》の蔭より、顔黒く、嘴《くちばし》黒く、烏《からす》の頭《かしら》して真黒なるマント様《よう》の衣《きぬ》を裾《すそ》まで被《かぶ》りたる異体のもの一個|顕《あらわ》れ出《い》で、小児《こども》と小児《こども》の間《あいだ》に交《まじ》りて斉《ひと》しく廻《まわ》る
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