人物を幻影の中に私の眼前に現はして、筆にする、其人物が假にお梅さんといふ若い女とすれば、そのお梅さんに饒舌《しやべ》つて貰ひ、立つて貰ひ、坐つて貰つて而して夫を筆に現はすと、私が日頃みて居る以上によく描けると思ふ。であるから、作者其物が如何に辯舌が不得手でも其處に雄辯家を書かうと思ふなら、其※[#「麻/(ノ+ム)」、第4水準2−94−57]樣《そんなやう》な人を眼中に描いて而して饒舌らすると、自然其書いたものに流暢なる雄辯家が現れる、繼母と繼子と對話させるにした處が同じで如何に作者に其※[#「麻/(ノ+ム)」、第4水準2−94−57]經驗が無くともお前は繼母だからドン/\云ひたい事は言つて呉れといふやうなものを胸中に描いて而して筆にするのです、斯うなれば陸軍の知識が無い作者でも其處に堂々たる軍人を躍如させる事も出來、外國語の出來ない人でも外國語の出來る人を現す事が出來、また盜坊にしたところが其眞物に劣らないものを書く事が出來ると思ひます。夫から小説の如きものは自分が一人見て樂しんだり喜んだりするものではない、多くの人に讀ませるものであるから如何に自然を其儘に寫すと言つても相當のお化粧も
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