うぞ、ねえ。」

       二十五

 恩になる姫様《ひいさま》、勇美子が急な用というに悖《さから》い得ないで、島野に連出されたお雪は、屠所《としょ》の羊の歩《あゆみ》。
「どういう御用なんでございましょう。いつも御贔屓《ごひいき》になりますけれども、つい、お使なんぞ下さいましたことはございませんのに、何でしょうね、馴《な》れませんこッてすから、胸がどきどきして仕様がありません。」
 島野は澄まして冷《ひやや》かに、
「そうですか。」
「貴下《あなた》御存じじゃあないのですか。」
「知らないね。」と気取った代脉《だいみゃく》が病症をいわぬに斉《ひと》しい。
 わざと打解けて、底気味の悪い紳士の胸中を試みようとしたお雪は、取附《とりつく》島もなく悄《しお》れて黙った。
 二人は顔を背け合って、それから総曲輪へ出て、四十物町へ行こうとする、杉垣が挟《さしはさ》んで、樹が押被《おっかぶ》さった径《こみち》を四五間。
「兄さんに聞いたら可《よ》かろう。」島野は突然こう言って、ずッと寄って、肩を並べ、
「何もそんなに胸までどきつかせるには当らない、大した用でもなかろうよ。たかがお前この頃|情
前へ 次へ
全199ページ中76ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング