水烟《みずけぶり》を立てて抜手を切ったのである。拓とともに助かったのは言うまでもない。
 その夜《よ》湯の谷で溺《おぼ》れたのが十七人、……お雪はその中《うち》の一人であった。
 水は一晩で大方|退《ひ》いて、翌日《あくるひ》は天日快晴。四十物町はちょろちょろ流れで、兵粮を積んだ船が往来《ゆきき》する。勇美子は裾を引上げて濁水に脛《はぎ》を浸しながら、物珍らしげに門の前を歩いていた。猟犬ジャムはその袖の下を、ちゃぶちゃぶと泳ぎ、義作は夕立の背《せな》を干して、傍《かたわら》に立っていた、水はやや駒の蹄《ひづめ》を没するばかり。それでも瀬を造って、低い処へ落ちる中に、流れて来たものがある、勇美子が目敏《めざと》く見て、腕捲《うでまく》りをして採上げたのは、不思議の花であった。形は貝母《ばいも》に似て、暗緑帯紫の色、一つは咲いて花弁《はなびら》が六つ、黄粉《こうふん》を包んだ蘂《しべ》が六つ、莟《つぼみ》が一つ。
 数年の後《のち》、いずこにも籍を置かぬ一|艘《そう》の冒険船が、滝太郎を乗せて、拓お兼|等《ら》が乗組んで、大洋の波に浮《うか》んだ時は、必ずこの黒百合をもって船に号《なず》け
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