う》の※[#「月+咢」、第3水準1−90−51]《あご》には神様のような綺麗な珠があるというよ。何そんなものばかりじゃあない、世の中は広いんだ、富山にばかりも神通川も立山もあるじゃあないか。大海の中だの、人の行《ゆ》かない島などには、宝にしろ景色にしろ、どんな結構なものがあろうも知れぬ、そして見つかれば大びらに盗んで可いのさ。
ただそれは難かしい。島へ行くには船もいろうし、山の奥へ入るには野宿だってしなけりゃならない。お前さんはお金子《かね》が自由だろう、我儘《わがまま》が出来るじゃあないか。気象はその通《とおり》だし、胆玉《きもたま》は大《おおき》いし、体は鍛えてある、まあ、第一、その目つきが容易じゃあない。火に焼《やか》れず、水に溺れずといったような好運があるようだ。好《すき》なことが何でも出来るッて、母様《おっかさん》が折紙をつけて下すった体だよ、私が見ても違いはないね。
金目の懸《かか》った宝なんざ、人が大切がって惜しむもので、歩るくにも坐るにも腰巾着《こしぎんちゃく》につけていようが、鎖《じょう》を下ろしておこうが、土の中へ埋めてあろうが、私等が手にゃあお茶の子さ。考えて御覧、どんなに厳重にして守ったって、そりゃ人間の猿智慧《さるぢえ》でするこッた、現にお前さん、多勢黒山のような群集の中で、その観音様を一人で引揚げて来たじゃあないか。人の大事にするものを取って来るのは何でもないが、私がいう宝物は、山の霊、水の精、また天道様が大事に遊ばすものもあろう。人は誰も咎《とが》めないが、迂濶《うかつ》にお寄越《よこ》しはなさらない、大風で邪魔をするか、水で妨げるか、火で遮るか。恐い獣《けだもの》に守らしておきもしようし、真暗《まっくら》な森で包んであろうも知れず、地獄谷とやら、こんな恐い音のする、その立山の底に秘《か》くしてあるものもあろう。近い処が、お前さんが前刻《さっき》お話の、その黒百合というものだ、つい石滝とかの山を奥へ入るとあるッていうのに、そら、昔から人が足蹈《あしぶみ》をしない処で、魔処だ。入っちゃあならない、真暗だ、天窓《あたま》が石のような可恐《おそろし》い猿が居る、それが主だというじゃあないか。この国中|捌《さば》いてる知事の嬢さんが欲しくっても、金でも権柄《けんぺい》ずくでも叶《かな》わないというだろう。滝さんどうだね、そんなものを取って来ちゃあ。
一番《ひとつ》何でもそういったものを、どしどし私たちが頂戴をすることにしようじゃないか。私ばかりでない、まだ同一《おんなじ》心の者が、方々に隠れている、その苧環《おだまき》の糸を引張ってさ、縁のあるものへ結びつけて、人間の手で網を張ろうという意《つもり》でね、こうやって方々歩いている。何、私なんざ、ほんの手先の小使だ、幾らも、お前さんの相談相手があるんだから、奮発をしてお前さん、連判状の筆頭につかないか。」
意気八荒を呑む女賊は、その花のごとき唇から閃《ひらめ》いてのぼる毒炎を吐いた。洞穴《ほらあな》の中に、滝太郎が手なる燈《ともしび》の色はやや褪《あ》せたと見ると、件《くだん》の可恐《おそろし》い響《ひびき》は音絶《とだ》えるがごとく、どうーどうーどうーと次第に遠ざかって、はたと聞えなくなったようである。
四十
「もう夜明だ、姉や、分ったい、うむ、早く出よう。そして、おいらもう、この穴へは入るまい。」
滝太郎は決然として答えた。お兼は嬉しげに手を取って、
「滝さん、それでこそお前さんだ、ああ、富山じゃあ良《い》い事をした、お庇様《かげさま》で発程栄《たちばえ》がする。」
「お前《めえ》、もうちっとこっちに居てくんねえな。おいら勝手に好《すき》な真似はしてるけれど、友達も何《なんに》もありゃしないやな。本当は心細くッて、一向|詰《つま》らないんだぜ。」
「気の弱いことをいうもんじゃあない、私はこれから加州へ行って、少し心|当《あたり》があるんだし、あそこへは先へ行って待合わせている者がある。そうしちゃあいられないんだから、また逢おうよ。そしてお前さんの話をして、仲間の者を喜ばせよう。何の、味方にしようと思えば、こっちのものなんざ皆《みんな》味方さ。不残《のこらず》敵になったって難かしい事はないのだもの。」
「うむ、そんならそうよ。」と頷《うなず》いて身を開いた、滝太郎は今|森《しん》として響《ひびき》も止《や》んだ洞穴の中に耳を澄したが、見る見る顔の色が動いて、目が光った。
「や、山の上で蜩《ひぐらし》が鳴かあ、ちょッ、あいつが二三度鳴くと、直ぐに起きやあがる。花屋の女は早起だ、半日ここに居て耐《たま》るもんかい。」
ふッと燈《あかし》を消すと同時に、再びお兼の手をしっかと取って、
「姉や、大丈夫だ、暗い内に、急いで。さあ、」
前へ
次へ
全50ページ中32ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング