っと大目に見てくれないじゃあ困りますね。」と情《なさけ》なそうにいった。
「どうするんかい、」
「何さ、どうするッて。」
「貴公、どこへしょびくんじゃ、あの美人をよ、巧く遣りおるの。うう、」と団栗目を細うして、変な声で、えへ、えへ、えへ。
「しょびくたって何も君、まったくさ、お嬢さんが用があるそうだ。」
「嘘を吐《つ》けい、誰じゃと思うか、ああ。貴公目下のこの行為は、公の目から見ると拐帯《かどわかし》じゃよ、詐偽《さぎ》じゃな。我輩警察のために棄置かん、直ちに貴公のその額へ、白墨で、輪を付けて、交番へ引張《ひっぱ》るでな、左様《さよ》思え、はははは。」
「串戯《じょうだん》をいっちゃあ不可《いけ》ません。」
「何、構わず遣るぞ。癪《しゃく》じゃ、第一、あの美人は、私《わし》が前《さき》へ目を着けて、その一挙一動を探って、兄じゃというのが情男《いろおとこ》なことまで貴公にいうてやった位でないかい。考えてみい、いかに慇懃《いんぎん》を通じようといって、貴公ではと思うで、なぶる気で打棄《うっちゃ》っておいたわ。今夜のように連出されては、こりゃならんわい。向面《むこうづら》へ廻って断乎として妨害を試みる、汝《なんじ》にジャムあれば我に交番ありよ。来るか、対手《あいて》になるか、来い、さあ来い。両雄並び立たず、一番勝敗を決すべい。」
 と腕まくりをして大乗気、手がつけられたものではない。島野もここに至って、あきらめて、ぐッと砕け、
「どうです、一ツ両雄並び立とうではありませんか、ものは相談だ。」と思切っていう。多磨太は目を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》って耳を聳《そばだ》てた。
「ふむ、立つか、見事両雄がな。」
「耳を、」肩を取って、口をつけ、二人は木《こ》の下蔭に囁《ささやき》を交え、手を組んで、短いのと、長いのと、四脚を揃えたのが仄《かす》かに見える。お雪は少し離れて立って、身を切裂かるる思いである。
 当座の花だ、むずかしい事はない、安泊《やすどまり》へでも引摺込《ひきずりこ》んで、裂くことは出来ないが、美人《たぼ》の身体《からだ》を半分ずつよ、丶丶丶の令息《むすこ》と、丶丶の親類とで慰むのだ。土民の一少婦、美なりといえどもあえて物の数とするには足らぬ。
「ね、」
(笑って答えず。)
 多磨太は頷《うなず》いて身を退《の》いて、両雄いい合わせたように
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