うっかりしちゃあ危険《けんのん》だよ。」
「あい、いいえ、それが何だ、知事のお嬢さんがね、いやに目をつけて指環を取換《とッか》えようなんて言うんだ。何だか機関《からくり》を見られるようで、気がさすから、目立たないのが可かろう、銀流でもかけておけと、訳はありゃしねえ、出来心で遣ったんだ、相済みません。」といって、莞爾《かんじ》として戯《たわむれ》にその頭《つむり》を下げた。
「沢山《たんと》お辞儀をなさい、お前さん怪《け》しからないねえ。そりゃ惚《ほ》れてるんだろう、恐入った?」
「おお、惚れたんだか何だか知らねえが、姫様《ひいさま》の野郎が血道を上げて騒いでるなあ、黒百合というもんです。」
「何だとえ。」
「百合の花の黒いんだッさ、そいつを欲しいって騒ぐんだな。」
「へい、欲しければ買ったら可さそうなもんじゃあないか。」
「それがね、不可《いけ》ねえんだ、銭金《ぜにかね》ずくじゃないんだってよ。何でも石滝って処を奥へ蹈込《ふみこ》むと、ちょうど今時分咲いてる花で、きっとあるんだそうだけれど、そこがまた大変な処でね、天窓《あたま》が石のような猿の神様が住んでるの、恐《おそろし》い大《おおき》な鷲《わし》が居るの、それから何だって、山ン中だというに、おかしいじゃあねえか、水掻《みずかき》のある牛が居るの、種々《いろいろ》なことをいって、まだ昔から誰も入ったことがないそうで、どうして取って来られるもんだとも思やしないんだってこッた。弱虫ばかり、喧嘩の対手《あいて》にするほどのものも居ねえ処だから、そン中へ蹈込んで、骨のある妖物《ばけもの》にでも、たんかを切ってやろうと、おいら何《なん》するけれども、つい忙《せわし》いもんだから思ったばかし。」
「まあ、大層お前さん、むずかしいのね、忙いって何の事だい。」
「だから待ちねえ、見せるてこッた、うんと一番《ひとつ》喜ばせるものがあるんだぜ。」
「ああ、その滝さんが見せるというものは、何だか知らないが見たいものだよ。」

       三十四

 滝太郎はかつて勇美子に、微細なるモウセンゴケの不思議な作用を発見した視力を誉《たた》えられて、そのどこで採獲《とりえ》たかの土地を聞かれた時、言葉を濁して顔の色を変えたことを――前回に言った。
 いでそのモウセンゴケを渠《かれ》が採集したのは、湯の谷なる山の裾の日当《ひあたり》に、雨の後
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