ともなく常にじとじと、濡れた草が所々にある中においてした。しかもお雪が宿の庭|続《つづき》、竹藪《たけやぶ》で住居《すまい》を隔てた空地、直ちに山の裾が迫る処、その昔は温泉《ゆ》が湧出《わきで》たという、洞穴《ほらあな》のあたりであった。人は知らず、この温泉《ゆ》の口の奥は驚くべき秘密を有して、滝太郎が富山において、随処その病的の賊心を恣《ほしいまま》にした盗品を順序よく並べてある。されば、お雪が情人に貢ぐために行商する四季折々の花、美しく薫《かおり》のあるのを、露も溢《こぼ》さず、日ごとにこの洞穴の口浅く貯えておくのは、かえって、滝太郎が盗利品に向って投げた、花束であることを、あらかじめここに断っておかねばならぬ。
さて、滝太郎がその可恐《おそろ》しい罪を隠蔽《いんぺい》しておく、温泉《ゆ》の口の辺《あたり》で、精細|式《かた》のごときモウセンゴケを見着けた目は、やがてまた自分がそこに出没する時、人目のありやなしやを熟《じっ》と見定める眼《まなこ》であるから、己《おのれ》の視線の及ぶ限《かぎり》は、樹も草も、雲の形も、日の色も、従うて蟻の動くのも、露のこぼるるのも知らねばならないので、地平線上に異状を呈した、モウセンゴケの作用は、むしろ渠がいまだかつて見も聞きもしなかったほど一層心着くに容易《たやす》いのであった。あたかも可し、さる必用を要する渠が眼《まなこ》は、世に有数の異相と称せらるる重瞳《ちょうどう》である。ただし一双ともにそうではない、左一つ瞳《ひとみ》が重《かさな》っている。
そのせいであったろう。浅草で母親が病んで歿《みまか》る時、手を着いて枕許《まくらもと》に、衣帯を解かず看護した、滝太郎の頸《うなじ》を抱いて、(お前は何でもしたいことをおしよ、どんなことでもお前にはきっと出来るのだから、)といったッきり、もう咽喉《のど》がすうすうとなった。
その上また母親はあらかじめ一封の書を認《したた》めておいて、不断滝太郎から聞き取って、その自分の信用を失うてまで、人の忌嫌う我児を愛育した先生に滝太郎の手から託さするように遺言して、(私が亡くなった後で、もしも富山からだといって人が尋ねて来たら、この手紙を渡して下さい。開けちゃあ不可《いけ》ません、来なかったらばそのままで破って下さい、きっとお見懸け申してお頼み申します。)と言わせたのである。
やや一月
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