見えず、人通りはちらほらと、都で言えば朧夜《おぼろよ》を浮れ出したような状《さま》だけれども、この土地ではこれでも賑《にぎやか》な町の分《ぶん》。城趾《しろあと》のあたり中空《なかぞら》で鳶《とび》が鳴く、と丁《ちょう》ど今が春《しゅん》の鰯《いわし》を焼く匂《におい》がする。
飯を食べに行っても可《よし》、ちょいと珈琲《コオヒイ》に菓子でも可《よし》、何処《どこ》か茶店で茶を飲むでも可《よし》、別にそれにも及ばぬ。が、袷《あわせ》に羽織で身は軽し、駒下駄《こまげた》は新しし、為替は取ったし、ままよ、若干金《なにがし》か貸しても可《い》い。
「いや、串戯《じょうだん》は止《よ》して……」
そうだ! 小北《おぎた》の許《とこ》へ行《ゆ》かねばならぬ――と思うと、のびのびした手足が、きりきりと緊《しま》って、身体《からだ》が帽子まで堅くなった。
何故《なぜ》か四辺《あたり》が視《なが》められる。
こう、小北と姓を言うと、学生で、故郷の旧友のようであるが、そうでない。これは平吉《へいきち》……平《へい》さんと言うが早解《はやわか》り。織次の亡き親父と同じ夥間《なかま》の職人である。
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