、よそへ嫁附《かたづ》いて今は産んだ忰《せがれ》にかかっているはず。忰というのも、煙管《きせる》、簪《かんざし》、同じ事を業《ぎょう》とする。
が、この婆娘《ばばあむすめ》は虫が好かぬ。何為《なぜ》か、その上、幼い記憶に怨恨《うらみ》があるような心持《こころもち》が、一目見ると直ぐにむらむらと起ったから――この時黄色い、でっぷりした眉《まゆ》のない顔を上げて、じろりと額《ひたい》で見上げたのを、織次は屹《きっ》と唯一目《ただひとめ》。で、知らぬ顔して奥へ通った。
「南無阿弥陀仏《なあまいだぶ》。」
と折から唸《うな》るように老人《としより》が唱《とな》えると、婆娘《ばばあむすめ》は押冠《おっかぶ》せて、
「南無阿弥陀仏《なあまいだんぶ》。」と生若《なまわか》い声を出す。
「さて、どうも、お珍しいとも、何んとも早や。」と、平吉は坐りも遣《や》らず、中腰でそわそわ。
「お忙しいかね。」と織次は構わず、更紗《さらさ》の座蒲団を引寄せた。
「ははは、勝手に道楽で忙しいんでしてな、つい暇《ひま》でもございまするしね、怠《なま》け仕事に板前《いたまえ》で庖丁《ほうちょう》の腕前を見せていた所で
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