と反らしながら、驚いた風をして、
「どうして貴下《あなた》。」
 とひょいと立つと、端折《はしょ》った太脛《ふくらはぎ》の包《つつ》ましい見得《みえ》ものう、ト身を返して、背後《うしろ》を見せて、つかつかと摺足《すりあし》して、奥の方《かた》へ駈込みながら、
「もしえ! もしえ! ちょっと……立田様の織《おり》さんが。」
「何、立田さんの。」
「織さんですがね。」
「や、それは。」
 という平吉の声が台所で。がたがた、土間を踏む下駄《げた》の音。

       五

「さあ、お上《あが》り遊ばして、まあ、どうして貴下《あなた》。」
 とまた店口《みせぐち》へ取って返して、女房は立迎《たちむか》える。
「じゃ、御免なさい。」
「どうぞこちらへ。」と、大きな声を出して、満面の笑顔を見せた平吉は、茶の室《ま》を越した見通しの奥へ、台所から駈込んで、幅の広い前垂《まえだれ》で、濡《ぬ》れた手をぐいと拭《ふ》きつつ、
「ずっと、ずっとずっとこちらへ。」ともう真中へ座蒲団《ざぶとん》を持出して、床の間の方へ直しながら、一ツくるりと立身《たちみ》で廻る。
「構っちゃ可厭《いや》だよ。」と衝《つ》と
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