ただ小山のよう。」

     十四

「(いい塩梅《あんばい》に今日は水がふえておりますから、中へ入りませんでもこの上でようございます。)と甲を浸《ひた》して爪先《つまさき》を屈《かが》めながら、雪のような素足で石の盤《ばん》の上に立っていた。
 自分達が立った側《かわ》は、かえってこっちの山の裾が水に迫って、ちょうど切穴の形になって、そこへこの石を嵌《は》めたような誂《あつらえ》。川上も下流も見えぬが、向うのあの岩山、九十九折《つづらおり》のような形、流は五尺、三尺、一間ばかりずつ上流の方がだんだん遠く、飛々《とびとび》に岩をかがったように隠見《いんけん》して、いずれも月光を浴びた、銀の鎧《よろい》の姿、目《ま》のあたり近いのはゆるぎ糸を捌《さば》くがごとく真白に翻《ひるがえ》って。
(結構な流れでございますな。)
(はい、この水は源が滝《たき》でございます、この山を旅するお方は皆《み》な大風のような音をどこかで聞きます。貴僧《あなた》はこちらへいらっしゃる道でお心着きはなさいませんかい。)
 さればこそ山蛭《やまびる》の大藪《おおやぶ》へ入ろうという少し前からその音を。
(あれは
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