が、一人女《ひとりむすめ》の評判なのがなくなってからは看板を外《はず》した、けれども昔《むかし》から懇意《こんい》な者は断らず泊めて、老人《としより》夫婦が内端《うちわ》に世話をしてくれる、宜《よろ》しくばそれへ、その代《かわり》といいかけて、折を下に置いて、
(ご馳走《ちそう》は人参と干瓢ばかりじゃ。)
 とからからと笑った、慎《つつし》み深そうな打見《うちみ》よりは気の軽い。

     二

 岐阜《ぎふ》ではまだ蒼空《あおぞら》が見えたけれども、後は名にし負う北国空、米原《まいばら》、長浜《ながはま》は薄曇《うすぐもり》、幽《かすか》に日が射《さ》して、寒さが身に染みると思ったが、柳《やな》ヶ瀬《せ》では雨、汽車の窓が暗くなるに従うて、白いものがちらちら交《まじ》って来た。
(雪ですよ。)
(さようじゃな。)といったばかりで別に気に留めず、仰《あお》いで空を見ようともしない、この時に限らず、賤《しず》ヶ岳《たけ》が、といって、古戦場を指した時も、琵琶湖《びわこ》の風景を語った時も、旅僧はただ頷いたばかりである。
 敦賀で悚毛《おぞけ》の立つほど煩《わずら》わしいのは宿引《やどひ
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