》したらさぞいい心地《ここち》であろうと思うくらい、何の渡りかけて壊《こわ》れたらそれなりけり。
 危いとも思わずにずっと懸《かか》る、少しぐらぐらしたが難なく越した。向うからまた坂じゃ、今度は上《のぼ》りさ、ご苦労千万。」

     十

「とてもこの疲《つか》れようでは、坂を上るわけには行くまいと思ったが、ふと前途《ゆくて》に、ヒイインと馬の嘶《いなな》くのが谺《こだま》して聞えた。
 馬士《まご》が戻《もど》るのか小荷駄《こにだ》が通るか、今朝一人の百姓に別れてから時の経ったは僅《わずか》じゃが、三年も五年も同一《おんなじ》ものをいう人間とは中を隔《へだ》てた。馬が居るようではともかくも人里に縁があると、これがために気が勇んで、ええやっと今|一揉《ひともみ》。
 一軒の山家《やまが》の前へ来たのには、さまで難儀《なんぎ》は感じなかった。夏のことで戸障子のしまりもせず、殊《こと》に一軒家、あけ開いたなり門というてもない、突然《いきなり》破縁《やれえん》になって男が一人、私《わし》はもう何の見境もなく、
(頼《たの》みます、頼みます、)というさえ助《たすけ》を呼ぶような調子で、取縋
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