ょっとお断り申しておかねばなりません。)
はっきりいわれたので私《わし》はびくびくもので、
(はい、はい。)
(いいえ、別のことじゃござんせぬが、私《わたし》は癖《くせ》として都の話を聞くのが病《やまい》でございます、口に蓋《ふた》をしておいでなさいましても無理やりに聞こうといたしますが、あなた忘れてもその時聞かして下さいますな、ようござんすかい、私は無理にお尋《たず》ね申します、あなたはどうしてもお話しなさいませぬ、それを是非にと申しましても断《た》っておっしゃらないようにきっと念を入れておきますよ。)
と仔細《しさい》ありげなことをいった。
山の高さも谷の深さも底の知れない一軒家の婦人《おんな》の言葉とは思うたが保つにむずかしい戒《かい》でもなし、私《わし》はただ頷《うなず》くばかり。
(はい、よろしゅうございます、何事もおっしゃりつけは背《そむ》きますまい。)
婦人《おんな》は言下《ごんか》に打解《うちと》けて、
(さあさあ汚《きたの》うございますが早くこちらへ、お寛《くつろ》ぎなさいまし、そうしてお洗足《せんそく》を上げましょうかえ。)
(いえ、それには及びませぬ、雑巾《ぞうきん》をお貸し下さいまし。ああ、それからもしそのお雑巾|次手《ついで》にずッぷりお絞《しぼ》んなすって下さると助《たすか》ります、途中《とちゅう》で大変な目に逢《あ》いましたので体を打棄《うっちゃり》りたいほど気味が悪うございますので、一ツ背中を拭《ふ》こうと存じますが、恐入《おそれい》りますな。)
(そう、汗《あせ》におなりなさいました、さぞまあ、お暑うござんしたでしょう、お待ちなさいまし、旅籠《はたご》へお着き遊ばして湯にお入りなさいますのが、旅するお方には何よりご馳走《ちそう》だと申しますね、湯どころか、お茶さえ碌《ろく》におもてなしもいたされませんが、あの、この裏の崖《がけ》を下りますと、綺麗《きれい》な流《ながれ》がございますからいっそそれへいらっしゃッてお流しがよろしゅうございましょう。)
聞いただけでも飛んでも行きたい。
(ええ、それは何より結構でございますな。)
(さあ、それではご案内申しましょう、どれ、ちょうど私も米を磨《と》ぎに参ります。)と件《くだん》の桶《おけ》を小脇《こわき》に抱《かか》えて、縁側《えんがわ》から、藁草履《わらぞうり》を穿《は》
前へ
次へ
全51ページ中20ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング