といって茶店の女の背中を叩《たた》いた。
私《わし》はそうそうに遁出《にげだ》した。
いや、膝だの、女の背中だのといって、いけ年《とし》を仕《つかまつ》った和尚が業体《ぎょうてい》で恐入《おそれい》るが、話が、話じゃからそこはよろしく。」
四
「私《わし》も腹立紛《はらたちまぎ》れじゃ、無暗《むやみ》と急いで、それからどんどん山の裾《すそ》を田圃道《たんぼみち》へかかる。
半町ばかり行くと、路《みち》がこう急に高くなって、上《のぼ》りが一カ処、横からよく見えた、弓形《ゆみなり》でまるで土で勅使橋《ちょくしばし》がかかってるような。上を見ながら、これへ足を踏懸《ふみか》けた時、以前の薬売《くすりうり》がすたすたやって来て追着《おいつ》いたが。
別に言葉も交《かわ》さず、またものをいったからというて、返事をする気はこっちにもない。どこまでも人を凌《しの》いだ仕打《しうち》な薬売は流眄《しりめ》にかけて故《わざ》とらしゅう私《わし》を通越《とおりこ》して、すたすた前へ出て、ぬっと小山のような路の突先《とっさき》へ蝙蝠傘を差して立ったが、そのまま向うへ下りて見えなくなる。
その後から爪先上《つまさきあが》り、やがてまた太鼓《たいこ》の胴《どう》のような路の上へ体が乗った、それなりにまた下《くだ》りじゃ。
売薬は先へ下りたが立停《たちどま》ってしきりに四辺《あたり》を※[#「目」+「句」 101−3]《みまわ》している様子、執念《しゅうねん》深く何か巧《たく》んだかと、快からず続いたが、さてよく見ると仔細《しさい》があるわい。
路はここで二条《ふたすじ》になって、一条《いちじょう》はこれからすぐに坂になって上《のぼ》りも急なり、草も両方から生茂《おいしげ》ったのが、路傍《みちばた》のその角《かど》の処にある、それこそ四抱《よかかえ》、そうさな、五抱《いつかかえ》もあろうという一本の檜《ひのき》の、背後《うしろ》へ蜿《うね》って切出したような大巌《おおいわ》が二ツ三ツ四ツと並んで、上の方へ層《かさ》なってその背後へ通じているが、私《わし》が見当をつけて、心組《こころぐ》んだのはこっちではないので、やっぱり今まで歩いて来たその幅《はば》の広いなだらかな方が正《まさ》しく本道、あと二里足らず行けば山になって、それからが峠になるはず。
と見ると、どうし
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