びそう》は、誰《たれ》も袖《そで》を曳《ひ》かなかつたから、幸《さいはひ》其後《そのあと》に跟《つ》いて町《まち》へ入《はい》つて、吻《ほツ》といふ息《いき》を吐《つ》いた。
 雪《ゆき》は小止《をやみ》なく、今《いま》は雨《あめ》も交《まじ》らず乾《かわ》いた軽《かる》いのがさら/\と面《おも》を打《う》ち、宵《よひ》ながら門《もん》を鎖《とざ》した敦賀《つるが》の町《まち》はひつそりして一|条《すぢ》二|条《すぢ》縦横《たてよこ》に、辻《つじ》の角《かど》は広々《ひろ/″\》と、白《しろ》く積《つも》つた中《なか》を、道《みち》の程《ほど》八|町《ちやう》ばかりで、唯《と》ある軒下《のきした》に辿《たど》り着《つ》いたのが名指《なざし》の香取屋《かとりや》。
 床《とこ》にも座敷《ざしき》にも飾《かざり》といつては無《な》いが、柱立《はしらだち》の見事《みごと》な、畳《たゝみ》の堅《かた》い、炉《ろ》の大《おほい》なる、自在鍵《じざいかぎ》の鯉《こひ》は鱗《うろこ》が黄金造《こがねづくり》であるかと思《おも》はるる艶《つや》を持《も》つた、素《す》ばらしい竈《へツつひ》を二ツ並《な
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