つぺら坊主《ばうず》になつても矢張《やツぱ》り生命《いのち》は欲《ほ》しいのかね、不思議《ふしぎ》ぢやあねえか、争《あらそ》はれねもんだ、姉《ねえ》さん見《み》ねえ、彼《あれ》で未《ま》だ未練《みれん》のある内《うち》が可《い》いぢやあねえか、)といつて顔《かほ》を見合《みあ》はせて二人《ふたり》で呵々《から/\》と笑《わら》つたい。
 年紀《とし》は若《わか》し、お前様《まへさん》、私《わし》は真赤《まツか》になつた、手《て》に汲《く》んだ川《かは》の水《みづ》を飲《の》みかねて猶予《ためら》つて居《ゐ》るとね。
 ポンと煙管《きせる》を払《はた》いて、
(何《なに》、遠慮《ゑんりよ》をしねえで浴《あ》びるほどやんなせえ、生命《いのち》が危《あやふ》くなりや、薬《くすり》を遣《や》らあ、其為《そのため》に私《わし》がついてるんだぜ、喃《なあ》姉《ねえ》さん。おい、其《それ》だつても無銭《たゞ》ぢやあ不可《いけね》えよ憚《はゞか》りながら神方万金丹《しんぱうまんきんたん》、一|貼《てふ》三|百《びやく》だ、欲《ほ》しくば買《か》ひな、未《ま》だ坊主《ばうず》に報捨《はうしや》をするやうな罪《つみ》は造《つく》らねえ、其《それ》とも何《ど》うだお前《まへ》いふことを肯《き》くか、)といつて茶店《ちやみせ》の女《をんな》の背中《せなか》を叩《たゝ》いた。
 私《わし》は匆々《さう/\》に遁出《にげだ》した。
 いや、膝《ひざ》だの、女《をんな》の背中《せなか》だのといつて、いけ年《とし》を仕《つかまつ》つた和尚《おしやう》が業体《げふてい》で恐入《おそれい》るが、話《はなし》が、話《はなし》ぢやから其処《そこ》は宜《よろ》しく。」

         第四

「私《わし》も腹立紛《はらだちまぎ》れぢや、無暗《むやみ》と急《いそ》いで、それからどん/\山《やま》の裾《すそ》を田圃道《たんぼみち》へ懸《かゝ》る。
 半町《はんちやう》ばかり行《ゆ》くと、路《みち》が恁《か》う急《きふ》に高《たか》くなつて、上《のぼ》りが一《いつ》ヶ|処《しよ》、横《よこ》から能《よ》く見《み》えた、弓形《ゆみなり》で宛《まる》で土《つち》で勅使橋《ちよくしばし》がかゝつてるやうな。上《うへ》を見《み》ながら、之《これ》へ足《あし》を踏懸《ふみか》けた時《とき》、以前《いぜん》の薬売《くすりうり》がすた/\遣《や》つて来《き》て追着《おひつ》いたが。
 別《べつ》に言葉《ことば》も交《か》はさず、又《また》ものをいつたからといふて、返事《へんじ》をする気《き》は此方《こツち》にもない。何処《どこ》までも人《ひと》を凌《しの》いだ仕打《しうち》な薬売《くすりうり》は流盻《しりめ》にかけて故《わざ》とらしう私《わし》を通越《とほりこ》して、すた/\前《まへ》へ出《で》て、ぬつと小山《こやま》のやうな路《みち》の突先《とつさき》へ蝙蝠傘《かうもりがさ》を差《さ》して立《た》つたが、其《その》まゝ向《むか》ふへ下《お》りて見《み》えなくなる。
 其後《そのあと》から爪先上《つまさきあが》り、軈《やが》てまた太鼓《たいこ》の胴《どう》のやうな路《みち》の上《うへ》へ体《からだ》が乗《の》つた、其《それ》なりに又《また》下《くだ》りぢや。
 売薬《ばいやく》は先《さき》へ下《お》りたが立停《たちどま》つて頻《しきり》に四辺《あたり》を瞻《みまは》して居《ゐ》る様子《やうす》、執念深《しふねんぶか》く何《なに》か巧《たく》んだか、と快《こゝろよ》からず続《つゞ》いたが、さてよく見《み》ると仔細《しさい》があるわい。
 路《みち》は此処《こゝ》で二|条《すぢ》になつて、一|条《すぢ》はこれから直《す》ぐに坂《さか》になつて上《のぼ》りも急《きふ》なり、草《くさ》も両方《りやうはう》から生茂《おひしげ》つたのが、路傍《みちばた》の其《そ》の角《かど》の処《ところ》にある、其《それ》こそ四|抱《かゝへ》さうさな、五|抱《かゝへ》もあらうといふ一|本《ぽん》の檜《ひのき》の、背後《うしろ》へ畝《うね》つて切出《きりだ》したやうな大巌《おほいは》が二ツ三ツ四ツと並《なら》んで、上《うへ》の方《はう》へ層《かさ》なつて其《そ》の背後《うしろ》へ通《つう》じて居《ゐ》るが、私《わし》が見当《けんたう》をつけて、心組《こゝろぐ》んだのは此方《こツち》ではないので、矢張《やツぱり》今《いま》まで歩行《ある》いて来《き》た其《そ》の巾《はゞ》の広《ひろ》いなだらかな方《はう》が正《まさ》しく本道《ほんだう》、あと二|里《り》足《た》らず行《ゆ》けば山《やま》になつて、其《それ》からが峠《たうげ》になる筈《はず》。
 唯《と》見《み》ると、何《ど》うしたことかさ、今《いま》いふ其《その》
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