びそう》は、誰《たれ》も袖《そで》を曳《ひ》かなかつたから、幸《さいはひ》其後《そのあと》に跟《つ》いて町《まち》へ入《はい》つて、吻《ほツ》といふ息《いき》を吐《つ》いた。
雪《ゆき》は小止《をやみ》なく、今《いま》は雨《あめ》も交《まじ》らず乾《かわ》いた軽《かる》いのがさら/\と面《おも》を打《う》ち、宵《よひ》ながら門《もん》を鎖《とざ》した敦賀《つるが》の町《まち》はひつそりして一|条《すぢ》二|条《すぢ》縦横《たてよこ》に、辻《つじ》の角《かど》は広々《ひろ/″\》と、白《しろ》く積《つも》つた中《なか》を、道《みち》の程《ほど》八|町《ちやう》ばかりで、唯《と》ある軒下《のきした》に辿《たど》り着《つ》いたのが名指《なざし》の香取屋《かとりや》。
床《とこ》にも座敷《ざしき》にも飾《かざり》といつては無《な》いが、柱立《はしらだち》の見事《みごと》な、畳《たゝみ》の堅《かた》い、炉《ろ》の大《おほい》なる、自在鍵《じざいかぎ》の鯉《こひ》は鱗《うろこ》が黄金造《こがねづくり》であるかと思《おも》はるる艶《つや》を持《も》つた、素《す》ばらしい竈《へツつひ》を二ツ並《なら》べて一|斗飯《とうめし》は焚《た》けさうな目覚《めざま》しい釜《かま》の懸《かゝ》つた古家《ふるいへ》で。
亭主《ていしゆ》は法然天窓《はふねんあたま》、木綿《もめん》の筒袖《つゝそで》の中《なか》へ両手《りやうて》の先《さき》を窘《すく》まして、火鉢《ひばち》の前《まへ》でも手《て》を出《だ》さぬ、ぬうとした親仁《おやぢ》、女房《にようばう》の方《はう》は愛嬌《あいけう》のある、一寸《ちよいと》世辞《せじ》の可《い》い婆《ばあ》さん、件《くだん》の人参《にんじん》と干瓢《かんぺう》の話《はなし》を旅僧《たびそう》が打出《うちだ》すと、莞爾々々《にこ/\》笑《わら》ひながら、縮緬雑魚《ちりめんざこ》と、鰈《かれい》の干物《ひもの》と、とろろ昆布《こぶ》の味噌汁《みそしる》とで膳《ぜん》を出《だ》した、物《もの》の言振《いひぶり》取做《とりなし》なんど、如何《いか》にも、上人《しやうにん》とは別懇《べつこん》の間《あひだ》と見《み》えて、連《つれ》の私《わたし》の居心《ゐごゝろ》の可《よ》さと謂《い》つたらない。
軈《やが》て二|階《かい》に寐床《ねどこ》を慥《こしら》へてくれた
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