》らかな涼《すゞ》しい声《こゑ》といふ者《もの》は、到底《たうてい》此《こ》の少年《せうねん》の咽喉《のど》から出《で》たのではない。先《ま》づ前《さき》の世《よ》の此《この》白痴《ばか》の身《み》が、冥途《めいど》から管《くだ》で其《そ》のふくれた腹《はら》へ通《かよ》はして寄越《よこ》すほどに聞《きこ》えましたよ。
 私《わし》は畏《かしこま》つて聞《き》き果《は》てると膝《ひざ》に手《て》をついたツ切《きり》何《ど》うしても顔《かほ》を上《あ》げて其処《そこ》な男女《ふたり》を見《み》ることが出来《でき》ぬ、何《なに》か胸《むね》がキヤキヤして、はら/\と落涙《らくるゐ》した。
 婦人《をんな》は目早《めばや》く見《み》つけたさうで、
(おや、貴僧《あなた》、何《ど》うかなさいましたか。)
 急《きふ》にものもいはれなんだが漸々《やう/\》、
(唯《はい》、何《なあに》、変《かは》つたことでもござりませぬ、私《わし》も嬢様《ぢやうさま》のことは別《べつ》にお尋《たづ》ね申《まを》しませんから、貴女《あなた》も何《なん》にも問《と》ふては下《くだ》さりますな。)
と仔細《しさい》は語《かた》らず唯《たゞ》思入《おもひい》つて然《さ》う言《い》ふたが、実《じつ》は以前《いぜん》から様子《やうす》でも知《し》れる、金釵玉簪《きんさぎよくさん》をかざし、蝶衣《てふい》を纒《まと》ふて、珠履《しゆり》を穿《うが》たば、正《まさ》に驪山《りさん》に入《い》つて陛下《へいか》と相抱《あひいだ》くべき豊肥妖艶《ほうひえうえん》の人《ひと》が其《その》男《をとこ》に対《たい》する取廻《とりまは》しの優《やさ》しさ、隔《へだて》なさ、親切《しんせつ》さに、人事《ひとごと》ながら嬉《うれ》しくて、思《おも》はず涙《なみだ》が流《なが》れたのぢや。
 すると人《ひと》の腹《はら》の中《なか》を読《よ》みかねるやうな婦人《をんな》ではない、忽《たちま》ち様子《やうす》を悟《さと》つたかして、
(貴僧《あなた》は真個《ほんとう》にお優《やさ》しい。)といつて、得《え》も謂《い》はれぬ色《いろ》を目《め》に湛《たゝ》へて、ぢつと見《み》た。私《わし》も首《かうべ》を低《た》れた、むかふでも差俯向《さしうつむ》く。
 いや、行燈《あんどう》が又《また》薄暗《うすくら》くなつて参《まゐ》つたや
前へ 次へ
全74ページ中55ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング