お月様の影を掬《すく》ひますの。」
 と空を仰いで言つた。蘆の葉の露《つゆ》は輝いたのである。
「月影を……」
「あはゝ、などと言つて、此奴《こいつ》、色男と共稼ぎに汚穢《おわい》取《と》りの稽古《けいこ》で居やがる。」
 と色の黒い小男が笑出《わらいだ》すと、角面《かくづら》の薄化粧した座長、でつぷりした男が、
「月を汲《く》んで何《なん》にするんだ。」
「はあ、暗《やみ》の夜《よ》の用心になあ。」
 此奴《こいつ》は薄馬鹿《うすばか》だと思つたさうである。後《あと》での話だが――些《ちょっ》と狐《きつね》が憑《つ》いて居るとも思つたさうで。……そのいづれにせよ、此の容色《きりょう》なら、肉の白さだけでも、客は引ける。金まうけと、座長の角面はさつそくに思慮《ふんべつ》した。且《か》つ誘拐《いざな》ふに術《て》は要《い》らない。
「分つた/\、えらいよお前《まい》は――暗夜《やみよ》の用心に月の光を掬《すく》つて置くと、笊《ざる》の目から、ざあ/\洩《も》ると、畚《びく》から、ぽた/\流れると、ついでに愛嬌《あいきょう》はこぼれると、な。……此の位世の中に理窟《りくつ》の分つた事はねえ
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