。間《ま》は一面に白く光つた、古畳《ふるだたみ》の目は一《ひと》つ一《びと》つ針を植ゑたやうである。
「あれ。」
「可恐《こわ》い、電《いなびかり》。」
 と女たちは、入《はい》りもやらず、土間《どま》から框《かまち》へ、背《せな》、肩を橋にひれ伏した。
「ほゝゝ、可恐《こわ》いの?」
 娘は静《しずか》に、其の壁に向つて立つと、指をしなやかに簪《かんざし》を取つた。照らす光明《こうみょう》に正《まさ》に視《み》る、簪は小さな斧《おの》であつた。
 斧を取つて、唯《ただ》一面の光を、端から、丁《ちょう》と打ち、丁と削り、こと/\こと/\と敲《たた》くと、その削りかけは、はら/\と、光る柳の葉、輝く桂《かつら》の実にこぼれて、畳《たたみ》にしき、土間《どま》に散り、はた且《かつ》うつくしき工人の腰にまとひ、肩に乱れた。と見る/\風に従つて、皆消えつつ、やがて、一輪、寸毫《すんごう》を違《たが》へざる十七日の月は、壁の面《おもて》に掛《かか》つたのである。
 残れる、其の柳、其の桂は、玉《たま》にて縫《ぬ》へる白銀《しろがね》の蓑《みの》の如く、腕《かいな》の雪、白脛《しらはぎ》もあらはに長く、斧を片手に、掌《てのひら》にその月を捧げて立てる姿は、潟《かた》も川も爪《つま》さきに捌《さば》く、銀河に紫陽花《あじさい》の花籠《はなかご》を、かざして立てる女神《じょしん》であつた。
 顧《かえり》みて、
「ほゝゝ。」
 微笑《ほほえ》むと斉《ひと》しく、姿は消えた。

 壁の裏が行方《ゆくえ》であらう。その破目《やれめ》に、十七日の月は西に傾いたが、夜《よる》深く照りまさつて、拭《ぬぐ》ふべき霧もかけず、雨も風もあともない。
 這《は》へる蔦《つた》の白露《しらつゆ》が浮いて、村遠き森が沈んだ。

 皎々《こうこう》として、夏も覚えぬ。夜ふけのつゝみを、一行は舟を捨てて、鯰《なまず》と、鰡《ぼら》とが、寺詣《てらまいり》をする状《さま》に、しよぼ/\と辿《たど》つて帰つた。
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ざぶり、   ざぶり、   ざぶ/\、   ざあ――
ざぶり、   ざぶり、   ざぶ/\、   ざあ――
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「しいツ。」
「此処《ここ》だ……」
「先刻《さっき》の処《ところ》。」
 と、声の下で、囁《ささや》きつれると、船頭が真先《まっさき》に、続いて
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