光籃
泉鏡花
−−
【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)田舎《いなか》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)、一|挺《ちょう》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#ここから2字下げ]
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)のそ/\
−−
田舎《いなか》の娘であらう。縞柄《しまがら》も分らない筒袖《つつっぽ》の古浴衣《ふるゆかた》に、煮染《にし》めたやうな手拭《てぬぐい》を頬被《ほおかぶ》りして、水の中に立つたのは。……それを其《そ》のまゝに見えるけれど、如何《いか》に奇を好めばと云つても、女の形に案山子《かかし》を拵《こしら》へるものはない。
盂蘭盆《うらぼん》すぎの良《い》い月であつた。風はないが、白露《しらつゆ》の蘆《あし》に満ちたのが、穂に似て、細流《せせらぎ》に揺れて、雫《しずく》が、青い葉、青い茎を伝《つたわ》つて、点滴《したたる》ばかりである。
町を流るゝ大川《おおかわ》の、下《しも》の小橋《こばし》を、もつと此処《ここ》は下流に成る。やがて潟《かた》へ落ちる川口《かわぐち》で、此《こ》の田つゞきの小流《こながれ》との間《あいだ》には、一寸《ちょっと》高く築《きず》いた塘堤《どて》があるが、初夜《しょや》過ぎて町は遠し、村も静《しずま》つた。場末の湿地で、藁屋《わらや》の侘《わび》しい処《ところ》だから、塘堤一杯の月影も、破窓《やれまど》をさす貧《まずし》い台所の棚の明るい趣《おもむき》がある。
遠近《おちこち》の森に棲《す》む、狐《きつね》か狸《たぬき》か、と見るのが相応《ふさわ》しいまで、ものさびて、のそ/\と歩行《ある》く犬さへ、梁《はり》を走る古鼠《ふるねずみ》かと疑はるゝのに――
[#ここから2字下げ]
ざぶり、 ざぶり、 ざぶ/\、 ざあ――
ざぶり、 ざぶり、 ざぶ/\、 ざあ――
[#ここで字下げ終わり]
小豆《あずき》あらひと云ふ変化《へんげ》を想はせる。……夜中に洗濯の音を立てるのは、小流《こながれ》に浸つた、案山子《かかし》同様の其の娘だ。……
霧《きり》の這《は》ふ田川《たがわ》の水を、ほの白《じろ》い、笊《ざる》で掻《か》き/\、泡沫《あわ》を薄青く掬《すく》ひ取つては、細帯《ほそおび》に
次へ
全9ページ中1ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング