》は心すべき事だつた。……船につくあやかしは、魔の影も、鬼火も、燃ゆる燐《りん》も、可恐《おそろし》き星の光も、皆、ものの尖端《せんたん》へ来て掛《かか》るのが例だと言ふから。
やがて、其の験《しるし》がある。
時に、さすがに、娘気《むすめぎ》の慇懃心《いんぎんごころ》か、あらためて呼ばれたので、頬被《ほおかぶ》りした手拭《てぬぐい》を取つて、俯《うつ》むいた。
「あら、きれい。」
「まあ、光るわねえ。」
安来《やすぎ》ぶしの婦《おんな》は、驚駭《おどろき》の声を合せた。
「一寸《ちょっと》、何、其の簪《かんざし》は。」
銀杏返《いちょうがえし》もぐしや/\に、掴《つか》んで束《たば》ねた黒髪に、琴柱形《ことじがた》して、晃々《きらきら》と猶《な》ほ月光に照映《てりか》へる。
「お見せ。」……とも言はず、女太夫《おんなたゆう》が、間近《まぢか》から手を伸《のば》すと、逆らふ状《さま》もなく、頬を横に、鬢《びん》を柔順《すなお》に、膝《ひざ》の皿に手を置いて、
「ほゝゝゝゝ。」
と、薄馬鹿《うすばか》が馬鹿笑《ばかわらい》に笑つたのである。
年増《としま》は思はず、手を引いて、
「えゝ、何だねえ、気味の悪い。」
生暖《なまぬる》い、腥《なまぐさ》い、いやに冷《つめた》く、かび臭い風が、颯《さっ》と渡ると、箕《み》で溢《こぼ》すやうに月前《げつぜん》に灰汁《あく》が掛《かか》つた。
川は三《みっ》つの瀬を一つに、どんよりと落合《おちあ》つて、八葉潟《やつばがた》の波は、なだらかながら、八《やっ》つに打つ……星の洲《す》を埋《うず》んだ銀河が流れて漂渺《ひょうびょう》たる月界に入《い》らんとする、恰《あたか》も潟《かた》へ出口の処《ところ》で、その一陣の風に、曇ると見る間《ま》に、群《むらが》りかさなる黒雲《くろくも》は、さながら裾《すそ》のなき滝の虚空《こくう》に漲《みなぎ》るかと怪《あやし》まれ、暗雲《あんうん》忽《たちま》ち陰惨として、灰に血を交《ま》ぜた雨が飛んだ。
「船頭さん/\。」
「お船頭々々。」
と青坊主《あおぼうず》は、異変を恐れて、船頭に敬意を表した。
「苫《とま》があるで。」
「や、苫どころかい。」
「あれ、降つて来た、降つて来た。」
声を聞いて、飛ぶ鷺《さぎ》を想つたやうに、浪《なみ》の羽《はね》が高く煽《あお》る。
「着けろ、
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