ら。
「陽気も陽気だし、それに、山に包まれているんじゃない、その市場のすぐ見通しが、大きな湖だよ、あの、有名な宍道湖《しんじこ》さ。」
「あら、山の中だって、おじさん、こちらにも、海も、湖も、大きなのがありますわ。」
湖は知らず、海に小さなのといっては断じてあるまい。何しろ、話だけでも東京が好きで、珍らしく土地自慢をしない娘も、対手《あいて》が地方だけに、ちょっと反感を持ったらしい。
いかにも、湖は晃々《きらきら》と見える。が、水が蒼穹《おおぞら》に高い処に光っている。近い山も、町の中央の城と向合った正面とは違い、場末のこの辺《あたり》は、麓《ふもと》の迫る裾《すそ》になり、遠山は波濤《はとう》のごとく累《かさ》っても、奥は時雨の濃い雲の、次第に霧に薄くなって、眉は迫った、すすき尾花の山の端《は》は、巨《おお》きな猪《いのしし》の横に寝た態《さま》に似た、その猪の鼻と言おう、中空《なかぞら》に抽出《ぬきんで》た、牙《きば》の白いのは湖である。丘を隔てて、一条《ひとすじ》青いのは海である。
その水の光は、足許《あしもと》の地《つち》に影を映射《うつ》して、羽織の栗梅《くりうめ》が明
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