と上げる。……景気もよし、見ているうちに値が出来たが、よう、と云うと、それ、その鯛を目の上へ差上げて、人の頭越しに飜然《ひらり》と投げる。――処をすかさず受取るんだ、よう、と云って後《うしろ》の方で。……威勢がいい。それでいて、腰の矢立はここのも同じだが、紺の鯉口《こいぐち》に、仲仕とかのするような広い前掛を捲《ま》いて、お花見|手拭《てぬぐい》のように新しいのを頸《えり》に掛けた処なぞは、お国がら、まことに大どかなものだったよ。」
「陽気ね、それは。……でも、ここは近頃の新開ですもの。お魚はほんのつけたりで、おもに精進ものの取引をするんですよ。そういっては、十貫十ウの、いまの親仁に叱《しか》られるかも知れないけれど、皆《みんな》が蓮根市場《れんこんいちば》というくらいなんですわ。」
「成程、大きに。――しかもその実、お前さんと……むかしの蓮池《はすいけ》を見に、寄道をしたんだっけ。」
と、外套は、洋杖《ステッキ》も持たない腕を組んだ。
話の中には――この男が外套を脱ぐ必要もなさそうだから、いけぞんざいだけれども、懇意ずく、御免をこうむって、外套氏としておく。ただ旅客でも構わない。
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