と、腰を切って、胸を反《そ》らすと、再び尾から頭へ、じりじりと響《ひびき》を打たして釣下げる。これ、値を上げる寸法で。
「しゃッ、十貫十ウ、十貫二百、三百、三百ウ。」
 親仁《おやじ》の面《つら》は朱を灌《そそ》いで、その吻《くちばし》は蛸《たこ》のごとく、魚の鰭《ひれ》は萌黄《もえぎ》に光った。
「力は入るね、尾を取って頭を下げ下げ、段々に糶《せ》るのは、底力は入るが、見ていて陰気だね。」
 と黒い外套《がいとう》を着た男が、同伴《つれ》の、意気で優容《やさがた》の円髷《まるまげ》に、低声《こごえ》で云った。
「そう。でも大鯛をせるのには、どこでもああするのじゃアありません?……」
 人だちの背後《うしろ》から覗《のぞ》いていたのが、連立って歩き出して、
「……と言われると、第一、東京の魚河岸の様子もよく知らないで、お恥かしいよ。――ここで言っては唐突《だしぬけ》で、ちと飛離れているけれど、松江だね、出雲《いずも》の。……茶町という旅館《はたご》間近の市場で見たのは反対だっけ――今の……」
 外套の袖を手で掲げて、
「十貫、百と糶上《せりあ》げるのに、尾を下にして、頭を上へ上へ
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