は、巨巌《おおいわ》を斫開《きりひら》いたようです。下りると、片側に座敷が五つばかり並んで、向うの端だけ客が泊ったらしい。ところが、次の間つきで、奥だけ幽《かすか》にともれていて、あとが暗い。一方が洗面所で、傍《そば》に大きな石の手水鉢《ちょうずばち》がある、跼《かが》んで手を洗うように出来ていて、筧《かけひ》で谿河《たにがわ》の水を引くらしい……しょろ、しょろ、ちゃぶりと、これはね、座敷で枕にまで響いたんだが、風の声も聞こえない。」
「まあ……」
「すぐの、だだッ広い、黒い板の間の向うが便所なんだが、その洗面所に一つ電燈《でんき》が点《つ》いているきりだから、いとどさえ夜ふけの山気に圧《お》されて、薄暗かったと思っておくれ。」
「可厭《いや》あね。」
「止むを得ないよ。……実際なんだから。晩に見た心覚えでは、この間に、板戸があって、一枚開いていたように思ったんだが、それが影もなかった。思いちがいなんだろう。
山霧の冷いのが――すぐ外は崖の森だし――窓から、隙間から、立て籠《こ》むと見えて、薄い靄《もや》のようなものが、敷居に立って、それに木目がありそうに見える。ところで、穿《は》い
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