る。
「町子嬢、町子嬢。」
「は。」
 と頸《えり》の白さを、滑《なめら》かに、長く、傾いてちょっと嬌態《しな》を行《や》る。
「気取ったな。」
「はあ。」
「一体こりゃどういう事になるんだい。」
「慈姑《くわい》の田楽、ほほほ。」
 と、簪《かんざし》の珊瑚と、唇が、霞の中に、慈姑とは別に二つ動いて、
「おじさんは、小児《こども》の時、お寺へ小僧さんにやられる処だったんだって……何も悪たれ坊ッてわけじゃない、賢くって、おとなしかったから。――そうすりゃきっと名僧知識になれたんだ。――お母《っか》さんがそういって話すんだわ。」
「悪かったよ。その方がよかったんだよ。相済まなかったよ。」
 今度は、がばがばと手酌で注《つ》ぐ。
「ほほほほ、そのせいだか、精進男で、慈姑の焼いたのが大好きで、よく内へ来て頬張ったんだって……お母さんたら。」
「ああ、情《なさけ》ない。慈姑とは何事です。おなじ発心をしたにしても、これが鰌《どじょう》だと引導を渡す処だが、これじゃ、お念仏を唱えるばかりだ。――ああ、お町ちゃん。」
 わざとした歎息を、陽気に、ふッと吹いて、
「……そういえば、一昨日《おととい》の
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