になって並んだのは、お町さんも、一口つき合ってくれる気か。
「しゃッ、しゃッ。」
思わず糶声《せりごえ》を立てて、おじさんは、手を揚げながら、片手で外套の膝を叩いた。
「お手柄、お手柄。」
土間はたちまち春になり、花の蕾《つぼみ》の一輪を、朧夜《おぼろよ》にすかすごとく、お町の唇をビイルで撓《た》めて、飲むほどに、蓮池のむかしを訪《と》う身には本懐とも言えるであろう。根を掘上げたばかりと思う、見事な蓮根が柵《さく》の内外《うちそと》、浄土の逆茂木《さかもぎ》。勿体ないが、五百羅漢《ごひゃくらかん》の御腕《おんうで》を、組違えて揃う中に、大笊《おおざる》に慈姑《くわい》が二杯。泥のままのと、一笊は、藍《あい》浅く、颯《さっ》と青に洗上げたのを、ころころと三つばかり、お町が取って、七輪へ載せ、尉《じょう》を払い、火箸であしらい、媚《なまめ》かしい端折《はしょり》のまま、懐紙《ふところがみ》で煽《あお》ぐのに、手巾《ハンケチ》で軽く髪の艶《つや》を庇《かば》ったので、ほんのりと珊瑚《さんご》の透くのが、三杯目の硝子盃に透いて、あの、唇だか、その珊瑚だか、花だか、蕾だか、蕩然《とろり》とな
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