んなになってはいるが……だって白髪《しらが》の役じゃ無い。
(いいえ、お婆さんは居ませんの。)
(そう……)
 と婦人が言ったっけ。附着《くッつ》くようにして、床の間の傍正面《わきしょうめん》にね、丸窓を背負《しょ》って坐っていた、二人、背後《うしろ》が突抜けに階子段《はしごだん》の大きな穴だ。
 その二人、もう一人のが明座ッてやっぱり婦人で、今のを聞くと、二言ばかり、二人で密々《ひそひそ》と言ったが否や、手を引張合《ひっぱりあ》った様子で、……もっとも暗くってよくは分らないが。そしてスーと立って、私の背後《うしろ》へ、足袋の白いのが颯《さっ》と通って、香水の薫《かおり》が消えるように、次の四畳を早足でもって、トントンと階下《した》へ下りた。
 また、皆《みんな》、黙ったっけ。もっとも誰が何をして、どこに居るんだか、暗いから分らない。
 しばらく、袂《たもと》の重かったのは、お三輪がしっかり持ってるらしい。
 急に上《あが》って来ないだろう。
(階下《した》じゃ起きているかい。)
(起きてるわ、あの、だけど、才《さあ》ちゃんは照吉さんの許《とこ》へちょっと行ってるかも知れなくってよ。)
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