い》だよ。何とも言えず変に悪臭いのは、――奴《やつ》の身体《からだ》では無い。服装《みなり》も汚くはないんだね、折目の附いたと言いたいが、それよりか、皺《しわ》の無いと言った方が適《い》い、坊さんか、尼のような、無地の、ぬべりとしたのでいた。
 まあ、それは後での事。
(何の車?……)と聞返した。
(森の暗さを、真赤《まっか》なものが、めいらめいら搦《から》んで、車が飛んだでやいの。恐ろしやな、活《い》きながら鬼が曳《ひ》くさを見るかいや。のう殿。私《わし》は、これい、地板《じびた》へ倒りょうとしたがいの。……うふッ、)と腮《あご》の震えたように、せせら笑ったようだっけ、――ははあ……」

       十五

「今の腕車《くるま》に、私が乗っていたのを知って、車夫《わかいし》が空《から》で駆下りた時、足の爪を轢《ひ》かれたとか何とか、因縁を着けて、端銭《はした》を強請《ゆす》るんであろうと思った。
 しかし言種《いいぐさ》が変だから、
(何の車?)ともう一度……わざと聞返しながら振返ると、
(火の車、)
 と頭から、押冠《おっかぶ》せるように、いやに横柄に言って、もさりと歩行《ある》
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