………」
「ええ、兄さん、」
と遣《や》ったが、フト黙って、
「私、聞いて来ましょう、先生。」
「何、可《い》い、それには及ばんのだよ。……いいえ、少しね、心当りな事があるもんだから、そらね。」
と斜《ななめ》になって、俯向《うつむ》いて幕張《まくばり》の裾《すそ》から透かした、ト酔覚《よいざめ》のように、顔の色が蒼白《あおじろ》い。
「向うに、暗く明《あかり》の点《つ》いた家《うち》が一軒あるだろう……近所は皆《みんな》閉《しま》っていて。」
「はあ、お医者様のならび、あすこは寮よ……」
「そうだ、公園|近《ぢか》だね。あすこへ時々客では無い、町内の人らしいのが、引過《ひけす》ぎになってもちょいちょい出たり入ったりするから、少しその心当りの事もあるし、……何も夜中の人出入りが、お産とは極《きま》らないけれど、その事でね。もしかすると、そうではあるまいか、と思ったからさ。何だか余り合点《のみこ》み過ぎたようで妙だったね。」
十
「それに何だか、明《あかり》も陰気だし、人の出入りも、ばたばたして……病人でもありそうな様子だったもんだから。」
と言って、その明《あか
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