》の人相を、一人で引受けた、という風なものだっけ。
吉原へ行《ゆ》くと云う、彼処等《あすこいら》じゃ、成程頼みそうな昔の産婆だ、とその時、そう思ったから、……後で蔦屋《つたや》の二階で、皆《みんな》に話をする時も、フッとお三輪に、(どこかお産はあるか)って聞いたんだ。
もうそう信じていた。
でも、何だか、肝《かん》が起《た》って、じりじりしてね、おかしく自分でも自棄《やけ》になって、
(貸してやろう、乗っといで。)
(柔順《すなお》なものじゃ、や、よう肯《き》かしゃれたの……おおおお。)と云って臀《しり》を動かす。
変なものをね、その腰へ当てた手にぶら下げているじゃないか。――烏の死骸《しがい》だ。
(何にする、そんなもの。)
(禁厭《まじない》にする大事なものいの、これが荷物じゃ、火の車に乗せますが、やあ、殿。)
(堪《たま》らない! 臭くって、)
と手巾《ハンケチ》へ唾を吐いて、
(車賃は払っておくよ。)
で、フイと分れたが、さあ、踏切を越すと、今の車はどこへ行ったか、そこに待っている筈《はず》のが、まるで分らない。似たやつどころか、また近所に、一台も腕車《くるま》が無かった。……
変じゃないか。」
十六
しばらくして、
「お三輪が話した、照吉が、京都の大学へ行ってる弟の願懸けに行って、堂の前で気落《きおち》した、……どこだか知らないが、谷中の辺で、杉の樹の高い処から鳥が落ちて死んだ、というのを聞いた時、……何の鳥とも、照吉は、それまでは見なかったんだそうだけれども、私は何だよ……
思わず、心が、先刻《さっき》の暗がり坂の中途へ行って、そのおかしな婆々《ばばあ》が、荒縄でぶら提げていた、腐った烏の事を思ったんだ。照吉のも、同じ烏じゃ無かろうかと……それに、可なり大きな鳥だというし……いいや!」
梅次のその顔色《かおつき》を見て、民弥は圧《おさ》えるように、
「まさか、そんな事はあるまいが、ただそこへ考えが打撞《ぶつか》っただけなんだよ。……
だから、さあ、可厭《いや》な気持だから、もう話さないでおきたかったんだけれども、話しかけた事じゃあるし、どうして、中途から弁舌で筋を引替えようという、器用なんじゃ無い。まじまじ遣《や》った……もっとも荒ッぽく……それでも、烏の死骸を持っていたッて、そう云うと、皆《みんな》が妙に気にしたよ。
お三輪は、何も照吉のが烏だとも何とも、自分で言ったのじゃ無いから、別にそこまでは気を廻さなかったと見えて、暗号《あいず》に袖を引張らなかった。もうね、可愛いんだ、――ああ、可恐《こわ》い、と思うと、極《きま》ったように、私の袂《たもと》を引張《ひっぱっ》たっけ、しっかりと持って――左の、ここん処に坐《すわ》っていて、」
と猫板の下になる、膝のあたりを熟《じっ》と視《み》た。……
「煙管《きせる》?」
「ああ、」
「上げましょう。……」
と、トンと払《はた》いて、
「あい。……どうしたんです、それから、可厭《いや》ね、何だか私は、」と袖を合わせる。
「するとだ……まだその踏切を越えて腕車《くるま》を捜したッてまでにも行《ゆ》かず……其奴《そいつ》の風采《ふうつき》なんぞ悉《くわ》しく乗出して聞くのがあるから、私は薄暗がりの中だ。判然とはしないけれど、朧気《おぼろげ》に、まあ、見ただけをね、喋舌《しゃべ》ってる中《うち》に、その……何だ。
向う角の女郎屋《じょろや》の三階の隅に、真暗《まっくら》な空へ、切って嵌《は》めて、裾《すそ》をぼかしたように部屋へ蚊帳《かや》を釣って、寂然《しん》と寝ているのが、野原の辻堂に紙帳《しちょう》でも掛けた風で、恐しくさびれたものだ、と言ったっけ。
その何だよ。……
蚊帳の前へ。」
「ちょいと、」と梅次は、痙攣《ひッつ》るばかり目を※[#「目+爭」、第3水準1−88−85]《みは》って膝をずらした。
「大丈夫、大丈夫、」
と民弥はまたわずかに笑《えみ》を含みつつ、
「仲の町越しに、こちらの二階から見えるんだから、丈が……そうさ、人にして二尺ばかり、一寸法師ッか無いけれど、何、普通で、離れているから小さいんだろう。……婆さんが一人。
大きな蜘蛛《くも》が下りたように、行燈《あんどう》の前へ、もそりと出て、蚊帳の前をスーと通る。……擦れ擦れに見えたけれども、縁側を歩行《ある》いたろう。が、宙を行《ゆ》くようだ。それも、黒雲の中にある、青田のへりでも伝うッて形でね。
京町の角の方から、水道尻の方へ、やがて、暗い処へ入って隠れたのは、障子の陰か、戸袋の背後《うしろ》になったらしい。
遣手《やりて》です、風が、大引前《おおびけまえ》を見廻ったろう。
それが見えると、鉄棒《かなぼう》が遠くを廻った。……カラカラ、……カン
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