人見知《ひとみしり》をしない調子で、
「そうじゃないの、照吉さんのは弟さんの身代りになったんですって。――弟さんはね、先生、自分でも隠してだし、照吉さんも成りたけ誰にも知らさないようにしているんだけれど、こんな処の人のようじゃないの。
学校へ通って、学問をしてね、よく出来るのよ。そして、今じゃ、あの京都の大学へ行っているんです。卒業すれば立派な先生になるんだわ、ねえ。先生。
姉さんもそればっかり楽《たのし》みにして、地道に稼いじゃ、お金子《かね》を送っているんでしょう。……ええ、あの、」
と心得たように、しかも他愛の無さそうに、
「水菓子屋の方は、あれは照吉さんの母《おっか》さんがはじめた店を、その母《おっか》さんが亡くなって、姉弟《きょうだい》二人ぼっちになって、しようが無いもんですから、上州の方の遠い親類の人に来てもらって、それが世話をするんですけれど、どうせ、あれだわ。田舎を打棄《うっちゃ》って、こんな処へ来て暮そうって人なんだから、人は好《い》いけれども商売は立行《たちゆ》かないで、照吉さんには、あの、重荷に小附《こづけ》とかですってさ。ですから、お金子でも何でも、皆《みんな》姉さんがして、それでも楽《たのし》みにしているんでしょう。
そうした処が、この二三年、その弟さんが、大変に弱くなったの。困るわねえ。――試験が済めばもう卒業するのに、一昨年《おととし》も去年もそうなのよ、今年もやっぱり。続いて三年病気をしたの。それもあの、随分大煩いですわ、いつでも、どっと寝るんでしょう。
去年の時はもう危ないって、電報が来たもんですから、姉さんが無理をして京都へ行ったわ。
二年続けて、彼地《あっち》で煩らったもんですから、今年の春休みには、是非お帰んなさいって、姉さんも云ってあげるし、自分でも京都の寒さが不可《いけな》いんだって、久しぶりで帰ったんです。
水菓子屋の奥に居たもんですから、内へも来たわ。若旦那《わかだんな》って才ちゃんが言うのよ。お父《とっ》さんはね、お侍が浪人をしたのですって、――石橋際に居て、寺子屋をして、御新造《ごしん》さんの方は、裁縫《おしごと》を教えたんですっさ、才ちゃんなんかの若い時分、お弟子よ。
あとで、私立の小学校になって、内の梅次さんも、子供の内は上ってたんですさ。お母《っか》さんの方は、私だって知ってるわ。品の可《い》い、背《せい》のすらりとした人よ。水菓子屋の御新造《ごしん》さんって、皆《みんな》がそう言ったの。
ですもの、照吉さんは芸者だけれど、弟さんは若旦那だわね。
また煩いついたのよ、困るわねえ。
そして長いの、どっと床に就いてさ。皆《みんな》、お気の毒だって、やっぱり今の、あの海老屋の寮で養生をして、同《おんな》じ部屋だわ。まわり縁の突当りの、丸窓の付いた、池に向いた六畳よ。
照吉さんも家業があるでしょう、だもんですから、ちょいとの隙《ひま》も、夜《よ》の目も寝ないで、附《つき》っ切りに看病して、それでもちっとも快《よ》くならずに、段々|塩梅《あんばい》が悪くなって、花が散る頃だったわ、お医者様もね、もうね。」
と言う、ちっと切なそうな息づかい。
十二
お三輪は疲れて、そして遣瀬《やるせ》なさそうな声をして、
「才《さあ》ちゃんを呼んで来ましょうか、私は上手に話せませんもの。」と言う、覚束《おぼつか》ない娘の口から語る、照吉の身の上は、一層夜露に身に染みたのであった。
「可《い》いよ、三輪《みい》ちゃんで沢山だ。お話し、お話し、」と雑貨店主、沢岡が激ました。
「ええ、もうちっとだわ。――あの……それでお医者様が手放したもんですから、照吉さんが一七日《いちしちにち》塩断《しおだち》して……最初《はじめッ》からですもの、断つものも外に無いの。そして願掛けをしたんですって。どこかねえ、谷中《やなか》の方です。遠くまで、朝ねえ、まだ夜の明けない内に通ったのよ。そのお庇《かげ》で……きっとそのお庇だわ。今日にも明日にも、といった弟さんが、すっかり治ってね。夏のはじめに、でもまだ綿入を着たなりで、京都へ立って行ったんです。
塩断をしたりなんかして、夜も寝なかった看病疲れが出たんだって、皆《みんな》そう言ったの。すぐ後で、姉さんが病みついたんでしょう。そして、その今のような大病になったんでしょう。
ですがね、つい二三日前、照吉さんが、誰にも言わない事だけれどって、そう云って、内の才ちゃんに話したんですって。――あの、そのね、谷中へ願掛けをした、満願、七日《なぬか》目よ、……一七日《いちしちにち》なんですもの。いつもお参りをして帰りがけに、しらしらと夜の明ける時間なのが、その朝は、まだ真暗《まっくら》だったんですとさ。御堂を拝んで帰ろうとすると、上の見
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