人の前へ行って、中腰に、敷島を一本。さあ、こうなると、多勢の中から抜出《ぬけだ》したので、常よりは気が置けない。
(頭痛でもなさるんですか、お心持が悪かったら、蔭へ枕を出させましょうか。)
(いいえ、別に……)
(御無理をなすっちゃ不可《いけ》ません。何だかお顔の色が悪い。)
(そうですかね。)とお蘭さんが、片頬《かたほ》を殺《そ》ぐように手を当てる。
(ねえ、貴方《あなた》、お話しましょう。)
(でも……)
(ですがね、)
とちらちらと目くばせが閃《ひら》めく、――言おうか、言うまいかッて素振《そぶり》だろう。
聞かずにはおかれない。
(何です、何です、)
と肩を真中《まんなか》へ挟むようにして、私が寄る、と何か内証《ないしょ》の事とでも思ったろう、ぼけていても、そこは育ちだ。お組が、あの娘《こ》に目で知らせて、二人とも半分閉めた障子の蔭へ。ト長火鉢のさしの向いに、結綿《ゆいわた》と円髷《まげ》が、ぽっと映って、火箸が、よろよろとして、鉄瓶がぽっかり大きい。
お種さんが小さな声で、
(今、二階からいらっしゃりがけに、物干の処で、)
とすこし身を窘《すく》めて、一層低く、
(何か御覧なさりはしませんか。)
私は悚然《ぞっ》とした。」
十九
「が、わざと自若《じじゃく》として、
(何を、どんなものです。)って聞返したけれど、……今の一言で大抵分った、婆々《ばばあ》が居た、と言うんだろう。」
「可厭《いや》、」と梅次は色を変えた。
「大丈夫、まあ、お聞き、……というものは――内にお婆さんは居ませんか――ッて先刻《さっき》お三輪に聞いたから。……
はたして、そうだ。
(何ですか、お婆さんらしい年寄が、貴下《あなた》、物干から覗《のぞ》いていますよ。)
とまた一倍滅入った声して、お蘭さんが言うのを、お種さんが取繕うように、
(気のせいかも知れません、多分そうでしょうよ……)
(いいえ、確《たしか》なの、佐川さん、それでね、ただ顔を出して覗くんじゃありません。梟《ふくろう》見たように、膝を立てて、蹲《しゃが》んでいて、窓の敷居の上まで、物干の板から密《そっ》と出たり、入ったり、)
(ああ、可厭《いや》だ。)
と言って、揃って二人、ぶるぶると掃消《はらいけ》すように袖を振るんだ。
その人たちより、私の方が堪《たま》りません。で無くってさえ、
前へ
次へ
全49ページ中32ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
泉 鏡花 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング