んなになってはいるが……だって白髪《しらが》の役じゃ無い。
(いいえ、お婆さんは居ませんの。)
(そう……)
 と婦人が言ったっけ。附着《くッつ》くようにして、床の間の傍正面《わきしょうめん》にね、丸窓を背負《しょ》って坐っていた、二人、背後《うしろ》が突抜けに階子段《はしごだん》の大きな穴だ。
 その二人、もう一人のが明座ッてやっぱり婦人で、今のを聞くと、二言ばかり、二人で密々《ひそひそ》と言ったが否や、手を引張合《ひっぱりあ》った様子で、……もっとも暗くってよくは分らないが。そしてスーと立って、私の背後《うしろ》へ、足袋の白いのが颯《さっ》と通って、香水の薫《かおり》が消えるように、次の四畳を早足でもって、トントンと階下《した》へ下りた。
 また、皆《みんな》、黙ったっけ。もっとも誰が何をして、どこに居るんだか、暗いから分らない。
 しばらく、袂《たもと》の重かったのは、お三輪がしっかり持ってるらしい。
 急に上《あが》って来ないだろう。
(階下《した》じゃ起きているかい。)
(起きてるわ、あの、だけど、才《さあ》ちゃんは照吉さんの許《とこ》へちょっと行ってるかも知れなくってよ。)
(何は、何だっけ。)
(お組さん、……ええ、火鉢の許《とこ》に居てよ。でも、もうあの通りでしょう、坐眠《いねむり》をしているかも分らないわ。)
(三輪ちゃんか、ちょっと見てあげてくれないか、はばかりが分らないのかも知れないぜ。)と一人気を着けた。
(ええ、)
 てッたが、もう可恐《こわ》くッて一人では立てません。
 もう一ツ、袂が重くなって、
(一所に……兄さん、)
 と耳の許《とこ》へ口をつける……頬辺《ほっぺた》が冷《ひや》りとするわね、鬢《びん》の毛で。それだけ内証《ないしょ》のつもりだろうが、あの娘《こ》だもの、皆《みんな》、聞えるよ。
(ちょいと、失礼。)
(奥方に言いつけますぜ。)と誰か笑った、が、それも陰気さ。」

       十八

「暗い階子《はしご》をすっと抜ける、と階下《した》は電燈《でんき》だ、お三輪は颯《さっ》と美しい。
 見ると、どうです……二階から下して来て、足の踏場も無かった、食物、道具なんか、掃いたように綺麗に片附いて、門《かど》を閉めた。節穴へ明《あかり》が漏れて、古いから森のよう、下した蔀《しとみ》を背後《うしろ》にして、上框《あがりがまち》の
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