い、背《せい》のすらりとした人よ。水菓子屋の御新造《ごしん》さんって、皆《みんな》がそう言ったの。
 ですもの、照吉さんは芸者だけれど、弟さんは若旦那だわね。
 また煩いついたのよ、困るわねえ。
 そして長いの、どっと床に就いてさ。皆《みんな》、お気の毒だって、やっぱり今の、あの海老屋の寮で養生をして、同《おんな》じ部屋だわ。まわり縁の突当りの、丸窓の付いた、池に向いた六畳よ。
 照吉さんも家業があるでしょう、だもんですから、ちょいとの隙《ひま》も、夜《よ》の目も寝ないで、附《つき》っ切りに看病して、それでもちっとも快《よ》くならずに、段々|塩梅《あんばい》が悪くなって、花が散る頃だったわ、お医者様もね、もうね。」
 と言う、ちっと切なそうな息づかい。

       十二

 お三輪は疲れて、そして遣瀬《やるせ》なさそうな声をして、
「才《さあ》ちゃんを呼んで来ましょうか、私は上手に話せませんもの。」と言う、覚束《おぼつか》ない娘の口から語る、照吉の身の上は、一層夜露に身に染みたのであった。
「可《い》いよ、三輪《みい》ちゃんで沢山だ。お話し、お話し、」と雑貨店主、沢岡が激ました。
「ええ、もうちっとだわ。――あの……それでお医者様が手放したもんですから、照吉さんが一七日《いちしちにち》塩断《しおだち》して……最初《はじめッ》からですもの、断つものも外に無いの。そして願掛けをしたんですって。どこかねえ、谷中《やなか》の方です。遠くまで、朝ねえ、まだ夜の明けない内に通ったのよ。そのお庇《かげ》で……きっとそのお庇だわ。今日にも明日にも、といった弟さんが、すっかり治ってね。夏のはじめに、でもまだ綿入を着たなりで、京都へ立って行ったんです。
 塩断をしたりなんかして、夜も寝なかった看病疲れが出たんだって、皆《みんな》そう言ったの。すぐ後で、姉さんが病みついたんでしょう。そして、その今のような大病になったんでしょう。
 ですがね、つい二三日前、照吉さんが、誰にも言わない事だけれどって、そう云って、内の才ちゃんに話したんですって。――あの、そのね、谷中へ願掛けをした、満願、七日《なぬか》目よ、……一七日《いちしちにち》なんですもの。いつもお参りをして帰りがけに、しらしらと夜の明ける時間なのが、その朝は、まだ真暗《まっくら》だったんですとさ。御堂を拝んで帰ろうとすると、上の見
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