「(あら可厭《いや》だ)は酷《ひど》いな。」

       五

「おおおお、三人が手を曳《ひき》ッこで歩行《ある》いて行《ゆ》きます……仲の町も人通りが少いなあ、どうじゃろう、景気の悪い。ちらりほらりで軒行燈《のきあんどう》に影が映る、――海老屋《えびや》の表は真暗《まっくら》だ。
 ああ、揃って大時計の前へ立佇《たちどま》った……いや三階でちょっとお辞儀をするわ。薄暗い処へ朦朧《もうろう》と胸高な扱帯《しごき》か何かで、寂《さみ》しそうに露《あらわ》れたのが、しょんぼりと空から瞰下《みお》ろしているらしい。」
 と円い腕を、欄干《てすり》が挫《ひしゃ》げそうにのッしと支《つ》いて、魯智深の腹がたぶりと乗出す……
「どこだ、どれ、」
 と向返る子爵の頭へ、さそくに、ずずんと身を返したが、その割に気の軽さ。突然《いきなり》見越入道で、蔽《おお》われ掛《かか》って、
「ももんがあ! はッはッはッ。」
「失礼、只今《ただいま》は、」
 と、お三輪が湯を注《さ》しに来合わせて、特に婦人客《おんなきゃく》の背後《うしろ》へ来て、極《きまり》の悪そうに手を支《つ》いた。
「才《さあ》ちゃんが、わけが分らなくって不可《いけ》ません、芸者|衆《しゅ》なんか二階へ上げまして。」
 と言《ことば》も極《きま》って含羞《はにか》んだ、紅《あか》い手絡《てがら》のしおらしさ。一人の婦人が斜めに振向き、手に持ったのをそのままに、撫子《なでしこ》に映《さ》す扇の影。
「いいえ。そして……ちとお遊びなさいませ。」
「はい、あの、後にどうぞ。」
 と嬉しそうに莞爾《にっこり》しながら、
「あの、明る過ぎましたら電燈《でんき》をお消し下さいましな、燭台《しょくだい》をそこへ出しておきました。」
 と幹事に言う。雑貨店主が、
「難有《ありがと》う、よくお心の着きます事で。」
「あら、可厭《いや》だ。」……と蓮葉《はすは》になる。
「二ツ、」
 と一人高らかに呼《よば》わった。……芸者のと、(可厭だ)が二度目、という意味だけれども、娘には気が着かぬ。
「え?」
 民弥が静《しずか》に振返って、
「三輪《みい》ちゃんの年紀《とし》は二十《はたち》かって?」
「あら、可厭だ。」
「三つ!」
「じゃ、三十かってさ。」と雑貨店主が莞爾《にっこり》する。
「知らないわ。」
「まあまあ、可《い》いわ、お話し
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