に手をきちんとして言う。
「私もはじめてです。両側はそれでも画《え》に描いたようですな。」と岩木という洋画家が応じた。
「御同然で、私はそれでも、首尾よく間違えずに来たですよ。北廓《ほっかく》だというから、何でも北へ北へと見当を着けるつもりで、宅から磁石を用意に及んだものです。」と云う堀子爵が、ぞんざいな浴衣がけの、ちょっきり結びの兵児帯《へこおび》に搦《から》んだ黄金鎖《きんぐさり》には、磁石が着いていも何にもせぬ。
 花和尚がその諸膚脱《もろはだぬぎ》の脇の下を、自分の手で擽《くすぐ》るように、ぐいと緊《し》めて腹を揺《ゆす》った。
「そろそろ怪談になりますわ。」
 確か、その時分であった。壇の上口《あがりくち》に気勢《けはい》がすると、潰《つぶ》しの島田が糶上《せりあが》ったように、欄干《てすり》隠れに、少《わか》いのが密《そっ》と覗込《のぞきこ》んで、
「あら、可厭《いや》だ。」
 と一つ婀娜《あだ》な声を、きらりと銀の平打《ひらうち》に搦めて投込んだ、と思うが疾《はや》いが、ばたばたと階下《した》へ駆下りたが、
「嘘、居やしないわ。」と高い調子。
 二言、三言、続いて花やかに笑ったのが聞えた。駒下駄《こまげた》の音が三つ四つ。
「覚えていらっしゃいよ。」
「お喧《やかま》しゅう……」
 魯智深は、ずかずかと座を起《た》って、のそりと欄干《てすり》に腹を持たせて、幕を透かして通《とおり》を瞰下《みおろ》し、
「やあ、鮮麗《あざやか》なり、おらが姉《ねえ》さん三人ござる。」
「君、君、その異形《いぎょう》なのを空中へ顕《あらわ》すと、可哀相《かわいそう》に目を廻すよ。」と言いながら、一人が、下からまた差覗《さしのぞ》いた。
「家《うち》の娘かね。」
 と子爵が訊《き》く。差向いに居た民弥が、
「いいえ。」
「何です。」
「やっぱり通り魔の類《たぐい》でしょうな。」
「しかし、不意だからちょっと驚きましたよ。」とその洋画家が……ちょうど俯向《うつむ》いて巻莨《まきたばこ》をつけていた処、不意を食《くら》った眼鏡が晃《きら》つく。
 当夜の幹事が苦笑いして、
「近所の若い妓《こ》どもです……御存じの立旦形《たておやま》が一人、今夜来ます筈《はず》でしたが、急用で伊勢へ参って欠席しました。階下《した》で担いだんでしょう。密《そっ》と覗《のぞ》きに……」
「道理こそ。
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