谷で劃《くぎ》られるが、其の間《あいだ》、僅少《わずか》ばかりでも畠《はたけ》があつた。
 峠には此の二軒の他《ほか》に、別な納戸《なんど》も廏《うまや》も無い、これは昔から然《そ》うだと云ふ。
「峠、お泊りでごいせうな。」
 麓《ふもと》へ十四五|町《ちょう》隔《へだた》つた、崖の上にある、古い、薄暗い茶店《ちゃみせ》に憩《いこ》つた時、裏に鬱金木綿《うこんもめん》を着けた縞《しま》の胴服《ちゃんちゃんこ》を、肩衣《かたぎぬ》のやうに着た、白髪《しらが》の爺《じい》の、霜《しも》げた耳に輪数珠《わじゅず》を掛けたのが、店前《みせさき》に畏《かしこま》つて居て聞いたので。其処《そこ》の敷《しき》ものには熊の皮を拡げて、目の処《ところ》を二つゑぐり取つたまゝの、而《そ》して木の根のくり抜《ぬき》の大火鉢《おおひばち》が置いてあつた。
 背戸口《せどぐち》は、早《は》や充満《みちみち》た山霧《やまぎり》で、岫《しゅう》の雲を吐《は》く如く、幹《みき》の半《なか》ばを其の霧で蔽《おお》はれた、三抱《みかかえ》四抱《よかかえ》の栃《とち》の樹《き》が、すく/\と並んで居た。
 名にし負《お》ふ
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