とあるのを、がつくりと額《ひたい》の消《き》ゆるばかり、仰いで黒目勝《くろめがち》な涼《すずし》い瞳《ひとみ》で凝《じっ》と、凝視《みつ》めた。白い頬《ほお》が、滑々《すべすべ》と寄つた時、嘴《くちばし》が触れたのであらう、……沢は見る/\鼻のあたりから、あの女の乳房を開《ひら》く、鍵のやうな、鸚鵡の嘴に変つて行く美女《たおやめ》の顔を見ながら、甘さ、得《え》も言はれぬ其の餅を含んだ、心《こころ》消々《きえぎえ》と成る。山颪《やまおろし》に弗《ふっ》と灯《ひ》が消えた。
 と婦《おんな》の全身、廂《ひさし》を漏《も》る月影に、たら/\と人の姿の溶ける風情《ふぜい》に、輝く雪のやうな翼に成るのを見つゝ、沢は自分の胸の血潮が、同じ其の月の光に、真紅《しんく》に透通《すきとお》るのを覚えたのである。

「それでは、……よく先生にお習ひなさいよ。」
 東雲《しののめ》の気《き》爽《さわやか》に、送つて来て別れる時、つと高く通《みち》しるべの松明《たいまつ》を挙げて、前途《ゆくて》を示して云つた。其の火は朝露《あさつゆ》に晃々《きらきら》と、霧を払つて、満山《まんざん》の木《こ》の葉《は》に映つ
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