れを持って行って差上げな、とそう言いましてね。(言いつつ、古手拭《ふるてぬぐい》を解《ほど》く)いま研いだのを持って来ました。よく切れます……お使いなさいまし、お間に合せに。……(無遠慮に庖丁を目前《めのさき》に突出す。)
撫子 (ゾッと肩をすくめ、瞳《ひとみ》を見据え、顔色かわる)おそのさん、その庖丁は借《かり》ません。
その ええ。
撫子 出刃は私に祟《たた》るんです。早く、しまって下さいな。
その 何でございますか、田舎もので、飛んだことをしましたわ。御免なさい、おりくさん、お詫《わび》をして頂戴な。
りく お気に障りましたら、御勘弁下さいまし。
撫子 飛んでもない。お辞儀なんかしちゃあ不可《いけ》ません。おそのさん、おりくさん。
りく いいえ、奥様、私たちを、そんな、様づけになんかなさらないで、奉公人同様に、りくや。
その その、と呼棄てに、お目を掛けて下さいまし。
撫子 勿体《もったい》ないわね、あなたがたはれっきとした町内の娘さんじゃありませんか。
りく いいえ、私は車屋ですもの。
その 親仁《おやじ》は日傭取《ひようとり》の、駄菓子屋ですもの。
撫子 駄菓子屋さん立派、車
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