玉川の草
泉鏡花

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)女郎花《おみなえし》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)野山|路《みち》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「けものへん+葛」、第3水準1−87−81]子鳥《あとり》

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)つら/\と
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 ――これは、そゞろな秋のおもひでである。青葉の雨を聞きながら――

 露を其のまゝの女郎花《おみなえし》、浅葱《あさぎ》の優しい嫁菜の花、藤袴、また我亦紅《われもこう》、はよく伸び、よく茂り、慌てた蛙は、蒲《がま》の穂《ほ》と間違へさうに、(我こそ[#「こそ」に傍点])と咲いて居る。――添へて刈萱《かるかや》の濡れたのは、蓑にも織らず、折からの雨の姿である。中に、千鳥と名のあるのは、蕭々《しようしよう》たる夜半《よわ》の風に、野山の水に、虫の声と相触れて、チリチリ鳴りさうに思はれる……その千鳥刈萱。――通称はツリガネニンジンであるが、色も同じ桔梗を薄く絞つて、俯向《うつむ》けにつら/\と連《つらな》り咲く紫の風鈴草、或は曙《あけぼの》の釣鐘草と呼びたいやうな草の花など――皆、玉川の白露《しらつゆ》を鏤《ちりば》めたのを、――其の砧《きぬた》の里に実家のある、――町内の私のすぐ近所の白井氏に、殆ど毎年のやうに、土産にして頂戴する。
 其年も初秋の初夜過ぎて、白井氏が玉川べりの実家へ出向いた帰りだと云って、――夕立が地雨に成つて、しと/\と降る中を、まだ寝ぬ門を訪れて、框《かまち》にしつとりと置いて、帰んなすつた。
 慣れても、真新しい風情の中に、其の釣鐘草の交つたのが、わけて珍らしかつたのである。

 鏑木清方《かぶらぎきよかた》さんが――まだ浜町に居る頃である。塵も置かない綺麗事の庭の小さな池の縁《ふち》に、手で一寸《ちよつと》劃《しき》られるばかりな土に、紅蓼《べにたで》、露草、蚊帳釣草、犬ぢやらしなんど、雑草なみに扱はるゝのが、野山|路《みち》、田舎の状《さま》を髣髴《ほうふつ》として、秋晴の薄日に乱れた中に、――其の釣鐘草が一茎、丈伸びて高く、すつと咲いて、たとへば月夜の村芝居に、青い幟《のぼ
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