り》を見るやうな、色も灯《とも》れて咲いて居た。
 遣水《やりみず》の音がする。……
 萩も芙蓉も、此の住居には頷かれるが、縁日の鉢植を移したり、植木屋の手に掛けたものとは思はれない。
「あれは何《ど》うしたのです。」
 と聞くと、お照さん――鏑木夫人――が、
「春ね、皆で玉川へ遊びに行きました時、――まだ何にも生えて居ない土を、一かけ持つて来たんですよ。」
 即ち名所の土の傀儡師《かいらいし》が、箱から気を咲かせた草の面影なのであつた。
 さら/\と風に露が散る。
 また遣水の音がした。
 金をかけて、茶座敷を営むより、此の思ひつき至つて妙、雅《が》にして而して優である。
 ……其の後、つくし、餅草摘みに、私たち玉川へ行つた時、真似して、土を、麹一枚ばかりと、折詰を包んだ風呂敷を一度ふるつては見たものの、土手にも畦にも河原にも、すく/\と皆気味の悪い小さな穴がある。――釣鐘草の咲く時分に、振袖の蛇体《じやたい》なら好《い》いとして、黄頷蛇《あおだいしよう》が、によろによろ、などは肝を冷《ひや》すと何だか手をつけかねた覚えがある。

「何を振廻はして居るんだな、早く水を入れて遣らないかい。」
 でん/\太鼓を貰へたやうに、馬鹿が、嬉しがつて居る家内のあとへ、私は縁側へついて出た。
「これですもの、どつさりあつて……枝も葉もほごしてからでないと、何ですかね、蝶々が入つて寝て居さうで……いきなり桶へ突込んでは気の毒ですから。」
 へん、柄にない。
 フヽンと苦笑《にがわらい》をする処《ところ》だが、此処《ここ》は一つ、敢て山のかみのために弁じたい。

 秋は、これよりも深かつた。――露の凝《こ》つた秋草を、霜早き枝のもみぢに添へて、家内が麹町の大通りの花政と云ふのから買つて帰つた事がある。
 ……其時、おや、小さな木兎《みみずく》、雑司ヶ谷から飛んで来たやうな、木葉《このは》木兎《ずく》、青葉《あおば》木兎《ずく》とか称ふるのを提げて来た。
 手広い花屋は、近まはり近在を求《あさ》るだけでは間に合はない。其処で、房州、相模はもとより、甲州、信州、越後あたりまで――持主から山を何町歩と買ひしめて、片つ端から鎌を入れる。朝夕の風、日南《ひなた》の香《か》、雨、露、霜も、一斉《いつとき》に貨物車に積込むのださうである。――其年活けた最初の錦木は、奥州の忍の里、竜胆《りんどう》
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